マグナ・ディメント

 ランツは目を曇らせながら、ゆっくりと話を始めた。

 

「私達は、シーナにあったマグナ・ディメントの研究所への制圧任務へ向かいました。マグナ・ディメントは、魔法を追求する者達の成れの果て、俗に言う、魔法推進過激派集団でした。初めは、シーナに拠点を置く、民営の魔法研究機関として活動していた彼らですが、研究を繰り返しているうちに魔法への崇拝 が大きくなり、人間が魔法を扱うのでは無く、魔法を放出するために人間が存在する、そんな意識を持ち始めたんです」


「……」


 アルロは口をつぐみ、真剣な眼差しで話を聞いている。


「そんな彼らが行ったのが、車輪運動と呼ばれる活動でした。先程、『魔法の適合』の話をしましたが、魔法の発現と、その適合には精神と経験が深く関わると言いました。魔法の研究を行なっていた彼らは、それを『人為的に行うことは出来ないか』と考えたのです」


 アルロは、この話がどこに着地するのか理解していない様子だ。


「魔法の発現は十四歳までだと言われています。十四歳になっても魔法が発現しなければ、生涯魔法を習得する可能性は限りなくゼロに近いというのが、昨今の学説です」

「私は、そうは思わないね。そもそも、魔法適正のテスト自体に欠陥がある」


 ついつい、横槍を入れてしまった。


「その点は、ベガさんが上と議論を行なっているので、近く改定があると思いますよ」


 この手の話に私が熱くなることを知っているランツは、優しく返答してくれているのが分かった。


「話が逸れましたね。当時、この学説を提唱していたのが、マグナ・ディメントでした。そして、彼らは様々な方法によりそれを証明しようと、スラムの子供達を中心に集めては、魔法の発現を強要しました。強要と表現しましたが、実際のところは、子供達も望んで魔法を発現しようとしていたと記録にはあるので、その点は不明瞭ではありますが――」


「子供に善悪の判断が出来るわけがないんだ、強要と言って差し支えない!」


 やはりこの話題は不愉快極まりない、口に出すといつも胸が痛む。アルロが素朴な疑問を投げかけた。


「魔法の発現の強要なんて可能なんですか?」


 ランツが答えようとするのを、手振りで抑えて私が答える。


「これは機密に該当するので、方法の詳細は答えられないが、現象としては可能だ。我々が魔法の媒介として杖や魔導書、武器などを使うように、素養のある子供自体を媒介にして魔力を通すことで、強制的な発動が出来る。しかし、これは言わずもがな禁忌であり、素養のない子供は間違いなく死亡してしまう。素養のある子供ですら致死率は七割を超える」

「……それを行なっていたのがマグナ・ディメント。ということですか」

「そう、ラミッツは少年兵があまり出なかった珍しい地域だったね。それにしたって、この話は結構有名だと思っていたけど」


 店主がカウンター越しに蜂蜜酒のボトルを持ちながら、話に割り込んできた。


「ラミッツはな、商売の邪魔になるってんで、マグナ・ディメントの奴らを排斥はいせきする傾向にあったからな。アルロに限らず、ラミッツの国内で商売する奴らは、あんまり詳しくは知らないんだと思うぜ。俺は仕事柄シーナに仕入れに行くことが多かったから、当時の話はよく覚えてるよ」


 そう言って、また店の奥に戻っていった。話に混ざろうとして来たわけではなく、知っている話だから口を挟みたくなっただけのようだ。かなり酒の匂いがしたので、あの店主は恐らく飲みながら仕事をしているんだろうな。

 

 ランツは「さて、どこまで話しましたかね」と今までの話を切り直す。


「どうやら、マグナ・ディメントの方々は『完全に適合した魔法使い』の他に『特別な魔法』の素養を探していたようで、子供達の魔法の発現を、逐一チェックしていました。発現した魔法が、望みの魔法でなかった場合、その子供達は次の子供達に魔力を流し魔法の発現を促します。魔法を限界まで使った子供達はオーバーフローを起こし、抜け殻のようになってしまいます」

「ちょ、ちょっと待ってください、色々とわからないことはありますが、オーバーフローってなんなんです?」

「オーバーフローは、自身の魔力値を使い切ったにも関わらず、無理して魔法を発動し続けることを言います。例えるなら、水中で息を止めることが魔法だとするなら、オーバーフローは溺死です」


 ランツは険しい顔で顎をさすりながら続ける。


「そのオーバーフローを起こしてしまった場合、子供であっても大人であっても例に漏れず様々な形での廃人化、最悪命を落とします。魔力を注がれた子供達は、素養が無ければ死亡してしまい、素養があれば発現した魔法をチェックされます。そして、望みの魔法でなければ次世代に魔力を注ぎ、魔法の発言を促します。発現した魔法が、望みの魔法であった場合、その子供を育てて、特殊な魔法を持った者同士を強制的に交わらせ子供を作ります」

「マグナ・ディメントは、いわゆる血統魔法、遺伝による魔法の引き継ぎを信じていた、という話だ」


 埃の被った古い考え方だ、と私が続けようと思ったが、ランツの話が私の思いをほぼ要約してくれた。


「迷信に近い、古い俗説ですがね。そして、その子供達も、また素養のチェックをされて、無限に続く円環に巻き込まれていきます。この一連の動きを『車輪運動』と言います」


 この話を聞いて、アルロは明らかに顔をしかめた。


「そんな非道……信じがたい……」


 それを聞いてランツが答える。


「そう、信じがたい。当時の私たちも同様でした。情報として『車輪運動』は知っていました、が、想像をしていませんでした。想像を絶するとは正にあの状況でした。我々が、シーナの研究所で見た状況は……」


 ランツは眉間を指で摘み、その後で眼鏡を外した。この先は私が話すべきだろう。


「状況について、詳しく語る必要は無い。それこそ、想像してもらうだけで十分だ。いや、マグナ・ディメントは解体されたわけだし、想像すら必要ないのかもしれないな」


 私としても、未だにその状況を口に出すだけで、胸を黒く塗られたような重たい気持ちになる。過ぎたことだと認識して、ようやく飲み込める程の過去だ。


「そして、研究所制圧任務において最も活躍した兵士が兄貴とムーアさんだった。研究所とは言っても、その半分以上が魔法を操る戦闘員だった。その為、戦闘行為を想定した制圧任務だったが、その戦闘のほとんどを、ベガさんの作戦指揮の元にムーアさんが率いる部隊と兄貴が居た精鋭部隊で終結させたんだ」


 アルロは突然に出てきたムーアさんという登場人物に首を傾げる。


「ムーアさんの細かい説明はここでは省くが、兄貴がライバル視する男で、ルストリア軍の歴史の中でも五本指に入ると言われる軍人だ。兄貴と同期ってこともあって、何かと張り合っているが、相手にもされていない感じだな」


 私は、そう話しながらカウンターの端にいる店主に空いた蜂蜜酒のボトルを掲げると、空になったから新しいものを用意してほしいとジェスチャーした。店主がそれに気づいたのを確認すると、会話を続ける。


「研究所の制圧任務から帰ってきて、いつもなら自分の武功がどうだとか、ムーアさんより優れてる、だとかそういう話をしている兄貴が、珍しく自室に籠って出てこなくなった。兄貴が訓練や任務をほったらかしにすることなんて、今までなかったし、それから今に至るまで一度も無い」


 私は蜂蜜酒の新しいボトルが目の前に置かれ、ランツのグラスに注ぎ会話を続ける。


「その後突然、自室から出てきたかと思ったら、軍の経理部に行って、『三年間の給料を前借りしたい』と言い出したんだ」


 ランツは、なみなみに注がれた蜂蜜酒をグラスを置いたまま口ですすっている。アルロはこれに当然の疑問を投げかけた。


「軍務に就く者が給与の前借りは難しいですよね? 軍人の皆さんは常に命を懸けてお仕事をなさっているので、給料の前借りはおろか、借金さえ難しい立場と聞いたことがあります」


 アルロは仕事柄、軍人のお財布事情を知っているようだった。私は、自分のグラスに蜂蜜酒を注ぎ、続ける。


「そう、その通り。兄貴はどうやらそこらへんを知らなかったようだ。当然経理は、出来ないと即答した。すると経理の胸ぐらを掴んで『時間がねぇんだよ!』と怒鳴り散らかしたところを、たまたま通りかかった魔導部隊長のパイロンさんに捕縛され、そのまま軍法会議にかかった。軍法会議は一般的な法務とは比べ物にならないほど、重い罰則が用意されているんだけど、その軍法会議で、兄貴が突拍子もないことを言い出した。『俺は孤児院を建てる』と……」

「なんというか、その、すごいお兄様ですね」


 アルロは顔を引きらせながら、辛うじて言葉を捻り出した。


「ああ、兄貴は頭がおかしいんだ。私は、本当の意味で、直情型と言われる人間は兄貴一人だと思っているよ。軍法会議を取り仕切っていたのが、アルベルト総司令官だったんだけど、この回答を聞いて決議を保留にした」

「軍法会議が決議を保留にするなんて、これもまた聞いたことがありません。これは、ドガイさんの実力が軍にとって有益だったからではないかと思いますね」

「そして驚くことに、その後、兄貴は三年分の給料を前借りすることに成功するんだ。どうやら、アルベルト総司令官が、自身の給料と退職金を担保にしたらしい。そして、一つの条件が出た。私が副院長として兄貴のサポートを行い、活動を全て記録して毎月の定例会議に提出すること」


 はあ、と私は短くため息をついてから続ける。


「あの惨状を見て、孤児院を建てると言ったその心情は察するよ。いくら嫌いな兄貴でも、その気持ちはわかる。だが、後先考えず軍法会議にかけられて、終いに私を巻き込むなんて、本当に呆れた兄貴だ。しかも、貯蓄も無かったようで、毎月私から金を借り、孤児院で出される食事を一人分多めに作ってもらってそれを食っているんだ。自分のこともしっかり管理できない人間が誰を救おうとしているのか。その状況に頭を抱えた私は、腐れ縁であるランツを巻き込むことにした」


「ま、言い方は別としても大体合ってますね。私からすれば、巻き込まれた、というより巻き込まれに行ったって感じですね。私はあの任務を終えて、正直退職を考えていました。誰かを殺すこと、誰かが死ぬ場面を見ること、既に死んでしまった人達を埋葬すること、これは覚悟や度胸でどうこうなるものでは無いと私は思いました。そんな時にノガミから相談を受け、私は喜んで教鞭をとることにしたのです」


 笑顔の戻ったランツの表情を見て少し安心した。アルロも同様の気持ちであったようで私に微笑む。私はランツに向かって、話しかける。


「今では二十名以上の大所帯になったディーエヌ孤児院で、『ランツ先生』もなかなか様になっているし、私は子供達の成長を見ることを幸せに感じるようになったし、結果としては良かった。兄貴の発想からこの展開が起きたと思うとちょっと癪ではあるけどね」


 アルロは孤児院の人数に驚いたようだ。


「二十名以上? 他の子供達もここにきているんですか?」

「ああ、言っていなかったね、十歳以上の中等部は明日こちらに到着し別行動の予定だ。案内人も別に居る。逆に乳幼児は、ルストリアで別の先生とお留守番さ」


 話がひと段落して、時計を見ると夜の十二時を回っていた。


 この話が、思ったよりも重たい話になってしまい、アルロが「なんかすいません」とやや素面しらふに戻りつつあった。私は「こちらこそ、酔いが醒めるような話をしてしまい……」と応対する。

 そんなところで、私達は夜会をお開きにして、店を出た。


 外は未だ興奮冷めやらない様子で、どうやらまだまだお祭り騒ぎは終わりそうにない。嫌な事を思い出した事もあってか、人々が夜通し騒ぎ、こんなにも楽しそうな光景を見て、平和の素晴らしさが改めて胸に染みた。


「……本当に愚かだよな。戦争や殺し合いなんてさ」


 そう呟きながら、ふと夜空を見上げると北のスルト方面の空が、煌々こうこうと光っているのが一瞬見えて消えた。それとほぼ同時に、兄貴がどこからともなく駆け寄ってきた。

 

 その表情で私は、なんとなくそれを察し、心底気が滅入った。


「――おい、ノガミ! 戦闘準備だ!」


 残念ながら、兄貴のこの手の勘が外れたことは一度もない。全く、兄貴と一緒に居るとホントろくなことが起こらない。兄貴と私は急いでラミッツ国内のルストリア駐屯地に向かう事にした。


 駐屯基地はここからは比較的近く、馬を飛ばしたこともあり夜の間に到着した。

 真夜中にも関わらず、既にスルト方面での光について、複数人で会議が行われていた。私達も急遽これに参加することになってしまった。


 祭りの熱気から一転、緊迫した空気を吸わされて、すっかり酔いも醒めたが、言いようのない不安が込み上げて来るのを自覚した。

 

 それは隣に居る兄貴から、ただならぬ緊張が伝わって来たからに他ならない。 

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