魔法の仕組み?

 先程までみんなで食事をしていた個室は解体され、食器の下げもの台になっていたので、三人でカウンター席に着くことにした。


 カウンターに着くなり、ランツは葉巻を注文した。アルロは最初は遠慮していたが、「もう今日のお仕事は終わりにしましょう」と、ランツに誘われ「お言葉に甘えて」と、葉巻を注文した。

 私も、社交として一服はしたが、経験として、酒を飲んでいる時に喫煙をすると悪酔いするケースが多かった為、一服までに収めた。アルロへの労いも含めて、この店で最も年代の古い蜂蜜酒を注文して、これを味わった。


 ちなみに飲酒に関して私は人より自信があった。過去にアルベルト総司令官の『付き人』のようなことを一年間やっていたことが原因だが。付き人になったのは、私の魔法が誰かを守ることに適していたからに他ならないが、私はそこで貴重? な経験をたくさんした。

 例えば、各国の要人が集まる酒席で、気を失うまで酒を飲む総司令官の介抱や、翌朝の二日酔いを予期して前日にミントティーを買っておくなどのケア、あとは便所の場所のチェックなどだ。当然、私自身も相当に酒が強くなった自負をしていた。飲むのも仕事ってやつだ。

 しかし、このアルロと言う男は別格だった。たったの一時間で、古代の酒は無くなり近代を迎えようとしていた。お会計はいくらになるんだろうか……。


「ランツさんは、軍の関係者なんですぅ?」


 最早、敬語なのかよくわからなくなっているアルロがランツに問いかける。


「元々はそうだったんですがね、生き物が死ぬ現場よりも、活かす現場に行きたくて教職に就いたんですよ」


 ほー、と頷きながらアルロは酒をあおる。


「そもそも魔法ってどんな感じに出すんですかー?」


 今度は私にアルロは質問してきた。


「一口に魔法と言っても、属性や性質によって発動方法が違いますね。例えば私やランツの場合は障壁魔法を得意としています」

「障壁?」

「つまりはバリアみたいなものですね」


 障壁という聞き慣れない言葉を、ランツが訳してアルロに伝える。私は続ける。


「どの魔法においても、まずは、意思ですね。何をしたいのか明確に脳内に描くことができるかが発動の肝で、意思の段階で六割近くの魔法が発動していると言われています。次に顕現、これは魔力を押し出すようなイメージ。ここのイメージがその魔法の性質によって押し出し方や、押し出す体の場所が違います、これは感覚的なものなので、何とも言えませんが……私の障壁魔法なんかは背中から両腕にかけて魔力を流し込む感じですかね」


 それを受けてランツが少し悩ましげに言う。


「いや、尾骶骨びていこつから首筋にかけて魔力を流すイメージだと思うよ、障壁魔法は」

「……ま、まぁこれは人それぞれです! そして、これとほぼ並行して呪文の詠唱です。これによって、意思と顕現の状況を固定し、実際に魔法が出ます。呪文の詠唱は、魔力の流れを意識させるための儀式のようなものですが、詠唱が無ければ発現が難しい魔法ばかりなのでこれを省くことは余程の手練れでもない限り、有り得ないでしょう」


 アルロは理解半分という様子だったが、せっかくだからといった感じで質問を重ね

る。

「じゃあ、お兄様の魔法はどんな魔法なんですぅ?」


 この質問に、私の顔の歪みを察知したランツが率先して答えた。


「ドガイさんの魔法は、纏繞魔法てんじょうまほうと呼ばれるものです。基本的には繊細な魔力コントロールによって、布や糸に近い物を具現化します。それで対象を拘束したり、物に引っ掛けて自分の機動力を上げたりする用途で使う魔法ですが、ドガイさんは、単純に拳にぐるりと巻き付けて、対象に叩き込んでいますね」


「ミスマッチなんだよ!」


 堪らず、私は口を挟んでしまう。ランツは私の言ったことを補足した。


「肉体、精神、魔法の種類、それぞれが個性を持っており、これが綺麗に完全一致する事はほとんどありません。とは言え、魔法は精神や経験に付随した能力になることが多いので、完全な不一致となる事も同様にありませんね」

「ほぉーぉ、なんだか随分と複雑な仕組みなんですねえ」


 もはやアルロは理解するのを半ば諦めたような表情で相槌した。その様子を分かっても、教職のランツは最後まで講義を続けた。


「ドガイさんの場合は、本人の魔法の素質と自身の精神、簡単に言えば『性格』が噛み合っていない状態。所謂いわゆる、不適合という具合なんです」

「そう、だから本来は繊細な使い方をする魔法を、乱暴に巻きつけてぶん殴るなんて暴力的な使い方しか出来ないのさ、兄貴は」

 

 だから、私は兄貴が嫌いなのだ。


「でも、ドガイさんは相当にお強いのでしょう?」

「ええ、強いなんてもんじゃないですよ、ドガイさんは。ルストリア軍魔導部隊では、実質パンテーラ級です」

 

 そう、だから、私は兄貴が嫌いなのだ。


「兄貴はパンテーラ級の実力があると言われているが、それは武力だけの評価だ。本来パンテーラとは、他を寄せ付けない絶対的な実力と、それに見合う器、知性を兼ねそろえていなければならない。兄貴がその全ての条件を満たしてるとは到底思えないね。だからクローリクのままなんだよ!」


 ……しまった、ついムキになってしまった。兄貴の話のせいで、気まずい沈黙が生まれた。この場に居なくても、私に迷惑をかける人間だな、あいつは。


「……それにしてもぉ、ディー君はとても良い子ですねっ!」


 沈黙に耐えられなくなったランツが話題を変えた。


「いえいえ、私からすればまだまだです。可愛いことには違いありませんがね! わはははっ」


 アルロはディー君のことを本当に好きみたいだ。アルロの顔を見れば、よくわかる。こんな素晴らしい愛が、子供達全てに恵まれるようにと、私達は常に思っている。しかし孤児院に来る子供達は一向に減らないのが現状だ。

 内紛などの争乱に巻き込まれたせいで孤児になってしまう子供達もそうだが、何より多いのは単純な捨て子だ。私は専門ではないから詳しいことはわからないが、三年ほど前から流行している『魔法分娩』という出産方法が捨て子の発生を助長していると問題になっている。

 出産方法は様々あるが、魔法分娩は妊娠から六ヶ月程で行うことができるため、母体の負担を軽減できる。また、出産の肉体的な痛みが無く、帝王切開のように母体を傷つけるようなこともない。早ければ、出産の一時間後には普通の生活に戻れるそうだ。子供は出産後、周産期しゅうさんき魔法治療院にて約半年間の保護のあと、家族に手渡されるという手筈になっている。

 この出産方法の何が悪いというのかは、正直私にはわからないが、捨て子の経歴を辿るとこの出産方法にぶつかることが多い。魔法による利便さが、本来の人間としての大切なナニかを薄めて行ってしまっているのかもしれない。豊かな生活も考え物だなと私は思う。


 アルロは気を使って私のグラスに蜂蜜酒を注ぎ、「どうぞ」と手渡してきた。どうやら、相当に厳しい表情を私はしてしまっていたらしい。表情を元に戻す。

「それにしても――」とアルロは、私とランツを交互に見ながら言う。


「孤児院の子供達は表情が豊かで、その豊かさは教育や環境によるものなんでしょうね!」


 ランツはそれに対して、朗らかな表情で答える。


「最初は大変でしたけど、いや、それこそ今も大変ですが、立ち上げ当時は更に大変でしたね」


 ランツは、昔を懐かしみ、天井を見上げたりしながら語り始める。


「もう三、四年前のことですね。世間は、あのマグナ・ディメントを巡って、議論や内紛が起きていました。ルストリアは、その対処に追われており、私とノガミは部隊配属一年目の一兵卒として、様々な地方を巡りました。今でこそ不謹慎と言われてしまうかもしれませんが、当時私達は、マグナツアーだ! なんて言って、結構楽しんでいました。そもそも、国外なんて出たことなかったですしね」

「そうそう、あの時は魔法を行使出来る特別な部隊に就くってだけで、浮かれ上がっていたんだ。魔法を使う責任なんかは座学で嫌と言うほど学んだが、その責任の事実は座学では身につかなかった」


「そう……そこで出逢ったんです。凄惨なあの現場に――」


 ランツは蜂蜜酒を一口飲むと、ため息混じりに話を続けた……。

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