打ち上げ花火
小さい頃から兄貴が嫌いだった。
荒々しい性格も嫌い、争い事の時に振りかざす正義も嫌い、食べ方も嫌い、イビキも嫌い、なぜ兄弟でここまで違うのか。
別に張り合うつもりもなかった。人には個性がある。得意なものがあれば不得意なものもある。早熟だったり晩成だったり成長の速度も違う。何事だろうが、張り合う必要はない。
仮にそれが戦争で、相手との関係性が殺意によって結ばれたものだとしても、己が全てを出した状況であれば勝敗は既に決まっていることなのだ。勝ったとしても負けたとしても、それは国の
だけど張り合ってしまう人間がいる。
――王国歴1484年 4月 ラミッツ大収穫祭前夜
ラミッツ自警団の方々への弁護を終えて、私が最後に食卓に戻ることになった。
相変わらずアルロは、様々なことに気を配り円滑なディナーを演出していた。ディー君も幼いながらによくやっている。将来有望である反面、その有望を誰かの望み、誰かに利用されてしまわないか心配ではある。間違っても軍務などにつかないよう願うばかりだ。
子供達は相変わらずだが、クライヴの体調と機嫌が良い様子から見ても、今回の観光旅行は正解だったと確信できる。ランツは流石に疲れている様子だが。あとは、さっきまで私が座っていた席で、自分の頭ほどのジョッキに入った
クソ兄貴。
アルロが私が戻ってきたことに気付き、個室の前に置いてあった椅子を一つ拝借し、兄貴の隣につけた。私は、うっ、と思いながらも椅子を用意してくれたアルロの気持ちを汲み渋々兄貴の隣に座った。自警団への冒頭弁論から、答弁、陳述と弁護士さながらに
水を注文するのも面倒なので、今机に運ばれてきた
必要のない仕事をさせられて、その原因の隣に座るなど、飲まずにやってられるかよ。
隣の兄貴を一切視界に入れずに個室の出入口だけをじっと見つめていると、満面の笑みの店主がとてつもない大きさの皿を運んできた。そこには、とんでもない大きさの七面鳥の丸焼きが豪華に盛られおり、アルロが空いた皿を速やかに処理しているお陰で、広く空いた机の上に、ズシンと音を立てたかどうかは定かではないが、置いた。子供達は壮大なスケールの食事に狂喜乱舞している。
「おい、ちょっと待て、今日の予定に『これ』は入ってない」
私は焼けた七面鳥に話しかけた。すると、隣の愚兄が口を開く。
「はっはっはっ! ノガミは相変わらず小さいな! 祭で細かいことを言うな! 美味そうなものを食わんで何のための休暇か!」
ならお前がここを支払えよ! どれだけ切り詰めたと思ってんだ。
と言いかけたが、子供達の前なのでぐっと飲み込んだ。ランツは、そんな様子を見かねたのか、私の隣にクライヴと共に席移動をした。
「素敵なお兄様ですね! 豪快なドガイさんと繊細なノガミさん、いやぁー絵になりますねー!」
と、アルロが恐らく気を遣って話してくれている。
「……とりあえず、七面鳥をいただこうか」
アルロは速やかに七面鳥を切り分け、未だ盛り上がっている子供達に配った。ランツは七面鳥が苦手らしく(というより生き物の形が残った料理が食べられないらしい)七面鳥を断った。
私と兄貴のところには、七面鳥の太ももが運ばれてきた。私がナイフとフォークで小分けにして七面鳥を口に運ぶと、隣の兄貴は既にほとんど食べ終わっていた。手掴みで、直接噛み付いて食べている。お前本当になんなんだよ。
「兄貴、子供達が真似をする。大人としての食べ方を見せてあげてくれないか?」
「大人としての食べ方はお前が見せているだろう? 見本は一つで良い。肉を最も美味しく食べる方法として俺の食べ方を見せている。なっはっはっはっ!」
そう言う兄貴の顔にフォークを突き立ててやりたかったが、それこそ教育上よくない。我慢我慢。私は蜂蜜酒のボトルを二本注文した。
七面鳥が骨のみになり、兄貴がその骨を集めて骨格を復元しようぜ。と、くだらない事を提案した頃、アルロから「そろそろ花火が始まります、お外へどうぞ」とお誘いがあったので、みんなで外に出ることにした。兄貴は視界の外で、骨格の復元を行おうとしていたが、ランツに説得され外に連れ出されていた。
私は花火が好きだ。
初めて見たのは七歳の時。父さん、母さん、兄貴、私の四人でこの大収穫祭に来た。場所も確か、ここの近くだったはずだ、今は既に無くなってしまっているようだが、この辺りは大型宿泊施設があった。そこの大浴場は屋根が無く、いわゆる露天風呂というものだった。当時、兄貴とよくやっていた風呂の中で息を止める遊びで、その日も勝負をしていた。
「いーち、にぃーい、さぁーん、しぃーい、ごぉーお……」
私は長風呂が苦手だったが、子供ながらに意地があった。今日こそは勝ってみせると、気合充分に挑んだのを覚えている。
しかし、突然のドンッ! という重低音に驚き風呂から先に顔を出したのは私の方だった。
遅れて顔を出した兄貴も、天を仰いで美しい花火を眺めたものだ。花火の美しさに感動するあまり、勝敗に関してあやふやになってしまっていたが、今思い返してみたら、私の方が後に顔を出したような気がする。
……まあいい。その後も、兄貴と風呂での息止め勝負を二十回以上はやったが、僅差にすらならず、兄貴に勝てたことは、結局一度もなかった。
――ドンッ!
外に出るなり、大きな音が鳴り響き夜空を鮮やかに染めていた。
私が花火を好きな理由の一つに、実は兄貴が花火の音が苦手ということがある。なんでも、花火の音が下級魔法の『プロティフィロガ』の発動音に似てるからだとか。そんなに似てないと思うし、似ているとしてなんで嫌いなんだ? 理屈が分からない。
ディー君は、こんな花火の中でも子供達の人数を数えたりしている。私は彼にそっと話しかけた。
「子供達の面倒は私が見ているから、ディー君は花火を見ておいで」
ディー君は戸惑いを隠せない様子だったが、アルロが近づいてきて、「今日は甘えなさい」とディー君に言うと、素直に子供達の列に混じり空を見上げた。
ランツは兄貴を外に出したあと、クライヴの調子が悪くなってしまい、先に宿場に戻ると言ってクライヴを連れて行った。みんなで花火を見られたなら良かったが、こればかりは仕方がない。明日、明後日も花火が上がるらしいし、明日以降でクライヴの調子が良くなることを祈ろう。
花火は三十分ほど続き、全員が満足する素晴らしいショーだった。兄貴は案の定、酔いが覚めてしまったとかで別の店に出かけてしまった。頼むからもう余計な騒動は勘弁願いたい。
子供達は皆、眠くなってしまったようでそのまま宿場へと送り届けた。宿場の前でクライヴの介抱を終えたランツとバッタリ出会い、大人だけで飲み直そうという話になった。
院の子供達は就寝後、出歩いたりしないし、この宿場はラミッツ軍のOBが管理している為、賊などの輩 に狙われることもないだろう。そういうわけだからアルロも誘ってみたところ、「是非とも!」ということなので、私とランツ、アルロで先程の店に戻り飲み直すことにした。
はぁ、なんだかやっと一息つける気がするよ。あのクソ兄貴が居ないお陰でな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます