野蛮な院長
僕らはルストリア孤児院の先生と子達を引き連れ宿屋へと向かっている。
しばらく歩くと、宿場にたどり着き、父が宿場の店主と話し、部屋の案内を始めた。ランツ先生と子供達が泊まる大部屋に、ノガミさんが泊まる個室。それと、後から遅れてやってくるらしいノガミさんのお兄さんが泊まる個室を入れて、三部屋を案内すると、それぞれが荷物を降ろして、宿場のロビーへと集まった。
店主と話していた父は、こちらに向き直り全員の人数を確認した。
「それでは、これより大収穫祭前夜祭をご案内したいと思います。予定では、これから屋台村へ向かい夕食を、その後、花火を見てこの宿場に戻ってくる予定です。徐々に暗くなってきましたので、くれぐれもお足元にご注意を、子供達は大人から離れないようにしていてくださいねー」
父はそう伝えると、宿場のすぐ向かいにある屋台村へ案内を始めた。子供達は「花火」というワードに戸惑いと興奮を隠せない様子をそのままに、父を追うように宿場の外に出た。やや興奮しているノガミさんと、ランツ先生もその後に続いた。
外に出ると、辺りは既に日が落ちていて街に複数設置されている灯籠に火が灯っていた。ちょうど屋台村でバグパイプやティン・ホイッスルによる演奏会が始まったところで、どこもかしこも、歌えや踊れやの大騒ぎだ。
そんな屋台村の奥にはベールで覆った個室があり、これが予約していた席であった。もっと良い店を父は予定していたのだが、ノガミさんの強い要望により屋台村での食事となった。それでも個室だけは用意させてくれと、父がお願いをして、簡易的な薄い布で仕切られた個室が用意された。
ノガミさんは子供達に、一般的なお祭りを経験させたい想いからグレードを落としたい、父は管理に手間がかかりにくいからグレードを上げたい、そんなせめぎ合いが一週間前に手紙でやり取りがあった事を、愚痴絡みで聞いた。
グレードを落としたとは言え、ここの屋台村はラミッツバザーの中では最高級で、僕はこの店のソーセージをすごく楽しみにしていた。ただ、間違えても仔牛の料理は頼んじゃいけない。この店では仔牛の仕入れなんかしていないからだ。
この前、打ち合わせでここに来た時に「仔牛のムニエル」を注文した。僕は肉の種類なんて全然分からないけど、店のおじさんの顔色で、何か嘘をついていることを見抜いた。
父はその情報を頼りに仕入れを調べ、仔牛の仕入れが無かったことを確認すると、店主にそれを訴え、今日のディナー料金をまけさせることに成功した。大人な本当に嘘をつくのが大好きだ。
個室には長方形の大きなテーブルが用意してあり、子供の席には、足元に木箱を設置することで高さが調節されていた。それぞれが席に着くと、まもなく料理が運ばれてきた。
大人は
ラミッツの名産である豆をふんだんに使ったミネストローネや、子豚の丸焼き、そして僕が楽しみにしていた、あのソーセージがテーブルに並んだところで、父が乾杯の挨拶を始めた。
「みなさん! 年中祭りのラミッツへようこそ! 明日の祭はそんな数あるお祭りの中でも別格であり、一年間の作物の収穫を、あるいは原魔結晶石の加護である自身の生命を祝福するために、大陸全土から人々が集う祭典『大収穫祭』です! 本番は明日ですが、まずは本日無事にラミッツまでご到着しましたことを祝しましてー、乾杯!」
子供達は、乾杯の声を徒競走のスタートの合図のように一斉に料理に手をつけた。そんな様子をランツ先生はニコニコして見ている。本当に優しい先生なんだなあ、と思ったと同時に、羨ましさも少し覚えた。僕らラミッツの子供の教育の場は商売だ。商売を通して必要な社会的知識も得るし、先生に位置する人間は自分の親で、それが当たり前だった。中には商売をしないで暮らす稀な人間が、学校などに通うけど、他の国とは少し変わっていると、前の旅行客が言っていたのを思い出した。
しばらくの歓談が始まった。父は乾杯の後、ランツ先生の所へ行き、ふむふむ、なるほど、とやりとりをしていた。程なくして、腰にぶら下げた皮のポシェットから、羊皮紙で出来た地図を取り出して、子供達やノガミさんに、ラミッツ王都の地理について説明を始めた。
「モグラ城の周りには円形状に木々が生い茂り、城に向かうための舗装された道は複数あり、道ごとに景色が違います。これは観光に来た皆様を飽きさせない工夫です。今日はこの辺りから花火が上がる予定ですよ」
今まで食事に夢中で、話をほとんど聞いていなかった子供達が花火をキーワードに大盛り上がり。そしてやはり、ノガミさんも喜んでいる。
花火を大陸で打ち上げることができるのは、ラミッツの職人達だけだという話なので、他国の人達が盛り上がるのは無理もない。
「そして、この森を囲うように更に、大きな円形状になった城下町があります。城下町は中心に近づくほど、高級な商品を取り扱う店が多く、逆に外れになるほど安価な商品が増え、店舗数も増えてきます。現在、私達が居るのはこの比較的安価な地域になりますね」
ちょうど食事を運んできた店主が、「安くて悪かったな」と悪態をついた。すまん、すまんと父は手振りで伝えると手短に話をまとめた。
「大収穫祭では、この先の外れにも地方から集まってきた行商人達や、農家が集まりバザーを開きます。明日はこのあたりでパレードがありますので、それを見ながら観光を行う予定です」
流石に父は喉が渇いた様子で、自分の席に戻ると、コップに入った水を一気に飲み、ノガミさんから「お疲れ様です」と労いの言葉をかけられていた。
僕はというと、ミハイルの隣の席で、会話が盛り上がらず少し困っていた。案内人とお客の立場を考えて、孤児院についての話をするのは気が引けたので、好きな食べ物の話なんかをしたが、到底盛り上がるはずもなかった。
ミハイルもそれを感じていたようで、できる限りオーバーにリアクションをとったりする努力をしたものの、会話の切れ間に沈黙が出来てしまい、気まずさが増すといった具合だった。
「ミハイルくんは何歳なの?」
「七歳だよ」
……。
「同い年だね!」
「そうだね!」
……。
「これ美味しいよ。ラミッツで採れた豆を沢山使ったスープなんだよ!」
「そうなんだ、おいしい!」
というような感じである。
そして向かいに座っているクライヴは、ミネストローネから全ての具材を別の皿に取り出し、スープだけを飲んでいる。好き嫌いが激しい子なんだろうか。そして、ランツ先生はこれを注意しないのだろうか。疑問であったが、初対面からあんな感じなので、詮索は避けることにした。
斜め向かいに座るシエルが、急に席を立ったかと思ったら、僕の席へと近づいてきた。ミハイルの後ろにやってきて何やら耳打ちすると、半ば強制的に席の交換を行うことになった。少し驚いたが、これには僕は救われたような気持ちになった。
そしてシエルが、聞いてもいないのに孤児院に関して説明を始めたので、僕は喋り続けていた役から聞く役に代われた事で、この食事会でやっと少し気を抜くことが出来た。
「私達の孤児院はディー・エヌ孤児院って言うの。院長のドガイ先生と副院長のノガミ先生の頭文字をとって『ディー・エヌ』ですって、ダサいでしょ? ふふ」
「そ、そうかなー? 素敵な名前だと思うよ」
(すぐそこに名付け親であろうノガミさんがいるのに、何を言ってるんだこの子は!)
「色んな子達がこの孤児院にやってくるけど、主な理由としては戦争孤児か捨て子ね。望まれなかった子供ってやつぅ? そこにいる、スノウなんかは正にそれ。うちの孤児院の前に真冬の朝発見されて、そのままうちに入ったの。その時雪が降ってたからそれでスノウなんて名前つけられちゃって、ウケるでしょ? あはは!」
「それは、なんというか、大変だね」
(あー、間違えた。ミハイルくんのほうが断然良かったわ。すごく厳しいぞこの子……)
そう思った矢先、ランツ先生が突然立ち上がった。シエルが流石に怒られるのかと思ったが、どうやらそうではなく、店の外が騒がしい。気がつけば、演奏隊が奏でる音楽も止まっている。
様子を見に行ってこよう、と言って立った父の後ろに、隠れるように僕も続いた。
店の前に出ると、僕は今まで見たことのない光景を目撃した――。
今まさに身長二メートルはある大男の顔に、ルストリアの軍服に身を包んだ荒々しい雰囲気の男の拳が、打ち込まれる瞬間であった。
誇張するわけではなく、少なくとも五メートルほど吹き飛んだ。その大男を見下したルストリアの男は、高らかに笑っていた。
少し遅れて、殴られた男の奥歯が僕の目の前にコーンと音を立てて地面に落ちた。後から出てきたノガミさんがその光景を見て頭を抱えた。
「……兄貴」
「おう! ノガミ、ここにいたか!」
ルストリアの荒々しい男はランツ先生からドガイ君と呼ばれており、どうやらこの人がノガミさんの兄でありディーエヌ孤児院の院長みたいだ。
兄弟でここまで似ていないのは珍しいんじゃないだろうか。顔も、雰囲気も、言葉遣いも全てが真逆。共通点は身長くらいだ。
ハッ、として後ろの子供達の方に振り返ると、何事も無かったかのように食卓に戻ろうとしている。え、まさか、『日常』なのか?
父も空いた口が塞がらない、といった状況だったが、騒ぎを聞きつけたラミッツ自警団の方々が到着すると、ノガミさんが状況の説明をして、事なきを得た。
どうやら、ドガイさんは僕達のいる宿場に行こうとバザーを歩いていたところ、露店で無銭飲食を行い、逃げようとしていたこの大男を見つけ、激昂し、殴り飛ばしたのだとか。無銭飲食は悪いことなんてことは子供だって知ってる。それにしたってやり方があると思うけど。
ノガミさんはこの事情を聞き出すのが小慣れたもので、直情的なドガイさんの言い分を噛み砕いて、自警団の皆さんに説明する姿が、言語の違う異民族の通訳のようで側から見ている分にはちょっと面白かった。
ドガイさんが合流しディナーは再開され、夜になって更に活気を増していくラミッツ。
その片隅で、父と僕はこの三日間が無事に終わるのか一抹の不安を覚えた。
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