大収穫祭前夜

――王国歴1484年 4月 ラミッツ大収穫祭前日


 スルト国内ルストリア軍駐屯基地の奇襲から、遡る事数時間前――


 大収穫祭の前夜祭で活気に溢れた、ラミッツ国ティターン城の城下町。露店 が複数開かれるバザーの入り口で、簡素な麻の洋服に身を包み、まだか、まだかと、あっちに行ったり、こっちに行ったりして、落ち着かない様子の子連れの男がいた。


「ディー、今何時だ?」


 この慌ただしくする男、アルロは僕の父である。もう十回以上聞かれた質問に対して「十七時過ぎだよ」と呆れた様子で答えた。


「ディー、正確に時間が欲しい、何時だ」僕はティターン城の方を見つめて「十七時十……六分だよ」と答えた。


 顔をニヤつかせた父が、意地悪そうに僕に問う。


「ディー、本当は十五分だな? 切りのいい数字だと、正確に見たか疑われるのを避けて十五分を十六分と答えたな」


 図星をつかれ咄嗟に言い訳をする。


「……時計塔の時間が見にくかっただけだよ」

「そうかそうか、確かにここから時計塔まで数百メートルはある。しかし、お前が見えないというのは嘘だな。」


 これも図星だ。


「この場所から、霧が濃く出ていた日でさえ『オヤツの時間だ』と催促する我が子が、こんな晴天の日に時計が見えないなんて、随分都合の良い目じゃないか」


 三十七歳という年齢でありながら落ち着きが無く、大人としての風格をどこかに忘れてきたような父親と、父の仕事を手伝う中で、子供らしい幼さを心に隠すのが日常の僕。随分と、ちぐはぐな親子だなと自分で思う。


 そんな僕達はルストリアから来る観光客を待っていた。


「ディー、今回の仕事は三万ルッカの大仕事だぞ!」

 

 父は恥ずかしげもなく七歳の僕に金の話をしている。


「お前の好きなハムサンドが二十ルッカだから、えーっと……」


 計算の遅い父に代わり答える。


「千五百個買えるね、流石に飽きると思うけど」


 僕の計算速度にニヤニヤと、満足そうに微笑んでいる。

 その顔に、いい加減仕返しをしてやろうと「父さんの服を買うのが先決だね、新品の洋服を三着買っても千ルッカあればお釣りがくる」

 と素っ気なく言ってやった。父はそれを受けて僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。


 ゆっくりと暮れていく日と共に、火着士達が街灯に火を灯しにやってくる。彼らは、魔力を滞留させる特殊なガラスで出来た街灯の中に、魔法で火を灯す職業達だ。ちなみに彼らの儲けは僕たちの観光商売より利率が高い。魔力を扱う職業はそれだけ需要が大きく、商業国家の此処ラミッツでは位も高いという訳だ。なにせ日の出まで燃える火を灯せる魔法が使えればいい、薪や油などの燃料費のコストも掛からない、そして毎日必ず日没が訪れれば、毎日必ず仕事があるのだ。魔法とは実に便利で不思議な力だ。

 徐々にやってくる夜と共に、ルストリアの乗合馬車がやってきた。再び時計塔を見ると、十七時四十五分近くであった。

 乗合馬車は少しだけ土煙をあげて、僕たちの前で停車した。八人乗りの馬車というだけあって相当に大きい。また、その馬車を引く馬もラミッツではあまり見かけない、とても大きなものであった。

 乗合馬車の扉が開くと、ルストリアの軍服に身を包んだ、何やら知的で神秘的な男性が降りてきた。そして降りてくるなり、父の前に小走りで近づき頭を下げた。


「遅れてしまい、大変申し訳ありません!」


 僕たちは、なんというか呆気に取られてしまった。二泊三日の観光旅行のナビゲーターを三万ルッカで依頼してきて、予定時間を四十五分も遅刻する客など、金で頬を叩くような客に違いないと勝手に想像を完結させていた。だが、すぐに父は正気を取り戻す。


「いえいえ、予定時間はあくまでも予定ですから! 申し遅れました、この度ラミッツ大収穫祭のナビゲートを仰せ付かりましたアルロでございます。以後お見知り置きを」


 ルストリアから来た男は、父から差し伸べられた握手の手に答え、微笑みながら口を開く。


「ルストリア軍魔導部隊グランツアッフェのノガミです。アルロ、三日という短い期間だがよろしく頼むよ」


 ノガミさんが乗合馬車に向かって「おいで」と声をかけると、中から髪を横分けにした眼鏡をかけた男が降りてきて、続いて降りてくる六人の子供の降車を手助けした。眼鏡の男は孤児院の教師で、子供たちからは、ランツ先生と大変慕われている様子だった。

 父に続き、僕もノガミさんと握手を交わす。ランツ先生との挨拶もそこそこに、一先ず宿場まで案内することとなった。

 父はランツ先生から預かった荷物を背負い、ノガミさんと三日間の予定などを歩きながら話しているようだ。その後ろを子供達がはぐれないように、僕が背後に目をやりつつ続いて歩いた。


 バザーは大変な賑わいで、お酒と香ばしく焼き上げた肉の匂いが充満している。最後尾のランツ先生が、子供達を誘導しながら付いてきている。僕は皆に小まめに声をかけたり、簡単な小話をしたりして子供達の顔を覚えた。子供達がはぐれたりした場合にすぐに見つけ出せるようにと思ったからだ。

「明日は年に一度のお祭り、大収穫祭だよ。今日はその前夜祭なんだけど、昨日は前夜祭の前夜祭をやっていて、その更に前夜祭もあって……かれこれもう一週間はお祭りを続けているんだ!」という準備していた話の掴みは上々で、

「国王様が何でもかんでも記念日にして、年の三分の一が祝日になっちゃったんだ! しかも、その度にお祭りをするんだ、変な国でしょ?」という話もうまく組み込めた気がする。


 子供の一人が西の空を指差し、質問をしようとしていたので、僕はそれに答えるように話を続けた。


「ラミッツの真ん中にあるあの城は、国王様がいるティターン城さ。みんなからは『モグラ城』と呼ばれているんだ」


 すると、前を歩いていた父がノガミさんに向かって僕の説明を補足する。


「あちらのティターン城は左右非対称の形状をしており改築と増築を繰り返しています。別名、完成しない城として観光名所になっておりまして、一般人でも自由に出入りができ、城内も散策することができます。それどころか、演劇や演奏を行うための劇場、オペラホール、大広間を利用した舞踏会場まで設備されています。今回の観光ツアーでは、最終日に城内の散策を予定しています」


 ノガミさんはそれを聞いて、「それは良かった! あそこのオペラホールは大陸一だからね!」と子供のようにはしゃいだ。ノガミさんはコホン、と軽く咳払いをすると、父に子供向けの質問をした。


「それでアルロ、何故モグラ城と呼ばれているんですか?」


 父は子供達の教育の為の会話だという意を汲んで、後ろにやってきた。それに気がついた僕は、ノガミさんが歩いている先頭まで行き、道の案内を変わった。父は子供達の前に立つと、後ろ歩きで城を指差しながら話す。


「ここで『モグラ城』と呼ばれる理由はね、この城にはすごーく広い地下があるんだ。今見えているお城と、同じものが地下にも建てられているんだよ!」子供達は、おーっ、と言った具合にモグラ城を見ている。


 父は列の先頭のノガミさんの隣に戻ると、僕はまた後方に戻り子供達を先導した。


 これまでの話をまとめるように父はノガミさんに説明をした。


「正確には地下にある遺跡を城として改築し、地下の遺跡を地上に復元しているのがティターン城の正体なんですよ。非対称の城は地面を軸に上下対称に建築されてるんです」


 僕は子供達に城の秘密を話して聞かせた。


「モグラ城がある地下への本当の入り口はね、大広間の床の下にある大きな門と、城内のいろんなところに隠してある小さな門があるんだよ。地下のお城に入ることができるのは、軍の偉い人とか王族だけなんだよ」


 この話にみんな盛り上がってくれた。僕もこの話を聞くのが好きだったから気持ちはわかる。

 子供達は恐らく僕と同い年か離れていても、二、三歳差くらいに見えた。六人の子供達は個性が強く、それぞれが特徴的に見えたが、特に気になる三人がいた。

 

 一人目は白髪の少年、名前はクライヴというらしい。らしいというのは、僕が直接聞いたわけではなくランツ先生が代わりに答えたからだ。僕はクライヴに声をかけたのだが、何故か嫌なものを見るような、まるで道端の動物の死骸を見るような目つきでこちらを見るだけで、返事は無かった。とにかく話しかけるな、ということみたいだ。ランツ先生が他の子供そっちのけで、クライヴにピッタリとくっついていることも、気になったことの一つだ。

 そして、二人目はシエルという名の女の子で、両耳から顔にかけて帯状の大きな傷跡がある。生まれつきなのだろうか? しかしながら、そんなことを気にさせないほど、よく笑う子で、僕の話す小話に「うんうん!」とか「すごい!」とか、リアクションを取ってくれるものだから、僕は危うく好きになりかけた。


 最後に三人目だけど、実はこれといった特徴はない。ミハイルという名の男の子だ。


 お喋りかと言われれば普通、元気な子かと言われれば普通、頭が良さそうかと言われれば普通、と表現することしか出来ないような男の子だった。僕からするとそれが非常に不気味で、この個性の強い孤児院の子供達の中に居て、ここまで普通なのは『普通』に気味が悪かった。

 特徴がないということが、僕の心の中に課せられた、顔を覚えるという役割の難易度を上げそうで、気になっただけなのかもしれないけど、なんだかこの男の子からは、奇妙な気配を感じていた……。それがなんだったのか、この時の僕は想像も出来なかった。

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