始まりの一手
人が火をおこしたのはいつのことだろう。
長い歴史の中で人は未だに火を扱いきれず、火によって災を起こし、火によって傷を被り、激しく燃えていく、灰になるまで。
人が魔法を扱うようになったのはいつのことだろう。人は魔法を扱いきれているのか。
――王国歴1484年 3月
「さて問題です! 今から向かう国の特徴は?」
唐突に声を上げるものだから、馬車の御者が自分に話しかけられたものと思い答えた。
「な、なんでしょうか?」
しかし、この声をどうやら無視するつもりらしい。私も無視しようか迷ったが、二人きりの馬車で向かいに座る、特級軍服を身に纏い、それに不似合いな藁で編んだ籠を抱えるものが、私の上官であることが理由で、回答を行うことにした。
「今から向かう国は、この大陸北方に位置する火の国スルトであります。スルトの人口は大陸の人口の約二割、つまり三百万人であります。鉱山資源に富んだ国で、この大陸での武器の七割余りが、ここの鉱山資源を元に作られたものであります。スルトは三つの豪族と、英雄バーノン大王が統治する国であります」
向かいに座る上官、ヴィクト参謀総長は嬉しそうに頷き口を開く。
「流石です。ギーク大佐、五十点あげよう。ユーモアが無かった分、五十点減点されてしまいましたよ。次の問題は頑張りましょう!」
私はやれやれと馬車の窓から外を見る。
時刻は十四時を回ったというのに空は淀み、一雨きそうな雰囲気だ。雨が少ない地域と聞いていたが、今日はどうやらツイていないらしい。この方と共にどこかへ訪問する時点で、気分は乗らなかったが。
馬車は国境に到着する。私は速やかに馬車を降り、国境警備隊に身分を明らかにする。
「私はミクマリノ国軍大佐ギークである。ミクマリノ国軍参謀総長ヴィクト閣下と共にバーノン大王への謁見を願い伺った」
そう言うと、私は右手に持った書状を国境警備隊に見せる。すると国境警備隊は、速やかに敬礼をすると共に、巨大な門を開いた。馬車に戻るとヴィクト参謀総長は、ずっと抱え込んでいた籠からクッキーを取り出しパリパリと小さな口で食べていた。
私が再び馬車に入り着席すると、まもなく馬車はカラカラと音をたてて出発した。 大陸東に位置するミクマリノ国から、馬車で揺られる事数日、我々はようやくスルト城へ到着した。
スルト城は二階建ての低い建物である。
活火山が複数点在するスルト国では高い建物を建てない傾向にある。ただし、壁や天井は非常に分厚くミクマリノ城と比べると二倍近くある、これは降灰の荷重に耐える為の構造である。城門は二重構造になっており、一つ目の門は高さ八メートル、幅二十メートルほどで、その巨大な城門は馬車に乗ったまま中に入ることができる。そこから門と同じ幅の通路を百メートル程進むと、二つ目の門が現れた。
恐らく、曲者を捕らえる際にこの高い壁に囲まれた空間を使い、処理を行うのだろう。二つ目の門前に褐色の軍服に身を包んだ大男が待ち構えていた。馬車はその大男の前に止まる。喉元に拳をつけ敬礼を行い大男は微動だにしない。私はまた例の如く素早く馬車を降り、国境警備隊に言ったように要件を話そうとした矢先、大男は体に見合った野太く大きな声で語りかける。
「ギーク殿、久しいな! あの掃討作戦の時以来か!」
「ガーラント! 三年ぶりか。より一層デカくなったか」
ガーラントは敬礼を崩し、私の胸に軽く拳をあてる。私とガーラントは三年前に起きた、大陸全土を挙げて行った大規模作戦で、共同戦線を張った仲であった。階級は違えど、死線を共にくぐり抜けた戦友ではある。とは言え、他国の軍人同士、旧友の友みたいな感覚は無い。少なくとも私は。少しでも歯車がズレれば、殺し合う仲に変わる、戦争とはそう言うものだ。
少し遅れて馬車から降りてきたヴィクトは、その様子を見て話に入れない状況が気に入らなかったらしく、「同窓会をしに来たわけではありませんよ」と先に歩き出してしまった。
「開門せよ!」
言葉に合わせて、手際よく門が開く。武器や危険物はこの時点で、一度預けることになる。私は腰に差したロングソードを預け、ヴィクトは胸元から小さな杖を預けた。術師によっては触媒など無くても、唱えることで魔法が扱えるので、宣誓書へのサインも求められる。それこそサインなど口約束に過ぎないわけだが。私達は城門前の屯所で、城内での魔法の発動は国際問題に発展する旨の宣誓書にサインを行うと、城内に入っていく。
城内は何というか、とても男の臭いに溢れる空間であり、窓も取り付けられていない為、閉鎖的である。通路は大人が四人横並ぶとキツさを感じる、狭い作りになっている。これは襲撃者に対する作りであろうか。天井と床の両端には埋め込み式のランタンが複数設置されているため、嫌に眩しい。複数ランタンが設置されているにも関わらず、熱気が籠ることなく空間の風通しが良いのはこの城が如何に機能的か物語っている。
ガーラントが先を歩きながら、後ろにいる我々、いやヴィクト参謀総長に声をかけた。
「確かヴィクト様は例の大規模作戦の時には、町医者をやっていたんでしたっけね?」
「……ええ、その時はしがない町医者をやらせてもらっていましたよ。それがどうかしましたか?」
ヴィクトの感じの悪い受け答えも、全く気にする様子は無くガーラントは続ける。
「いや、平均寿命が減る一方の我ら軍人にとって、軍階級が実力主義になっていくのはよくわかるのですが。それにしたって三年で参謀総長になるなんて、ハッキリ言って異常な早さの昇格です。私は十年軍務についていますが、未だに中尉止まり。是非その知恵を拝借したいと思いましてね」
どうやら本気でヒントを探しているらしいガーラントに、ヴィクトは嫌味たっぷりに答えた。
「では、他国の客人が来た時の挨拶から学ぶのがよろしいでしょう」
「ユーモアのある御人だ! わははっ!」
ガーラントは大きな声で笑い飛ばした。
しばらく歩いていくと、大広間に着く。
左右の壁際には二十名程の兵士が、等間隔に並び正しい立ち方で整列をしている。大広間の中央には、先程の通路の二倍ほどの幅の大きな階段があり、どうやらこの先に玉座があるようだ。ガーラントは後ろの我々に気を配りながら階段を登っていく。二人の衛兵が後ろに着いたのを気配で感じた。二階に上がると目の前に、軍服をだらし無く着た隻腕、隻眼 の男が立っていた。
「やあ、こんにちは。私はスルト国参謀ハーマン・アン少将だ。ヴィクト閣下、お会いできて光栄です」
アンが満面の笑みで握手を求めると、ヴィクトも同様に笑顔で快く応じた。これはこの状況でなければ行わない、危険行為と言える。魔力を扱う者同士がお互いの手に触れるという事は、なんらかの魔法を施す機会を作る事と同義だ。
この前提が両者にあるからこその、敵意が無いと言う示しが成立している。
「ガーラント、ここからは俺が案内するから下がってよい」
アンはよく見ると相当に若そうに見える。しかし、余程の実力者であることを思わせる程の風格があった。
二階の作りは一階の大広間とほぼ同じ作りだが、兵はおらず大広間の奥には豪華な扉が備え付けられている。扉が開くと同時に熱気を感じた。
が、そうではなく、それが目の前のバーノン大王から発せられたものであるとすぐに気がつく。
バーノン大王は体の大きい男で、年齢は四十を過ぎているはずだが、見た目は二十代と言っても遜色ない。眼光は鋭く、一国の王というよりは、今にも戦場に駆け出していきそうな大戦士という面持ちだ。
玉座の間は、またも大広間と似たような作りになっており、最初に入った大広間と同じように、中央に階段が設置されている。
大王はその上の玉座にどっしりと腰かけ、鋭い眼力でこちらを見つめていた。
今から我々はこの歴戦の戦士を謀るのか……。
全てはレオンチェブナ様、貴方の為に――。
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