勅令
玉座に鎮座するバーノン大王の前まで向かい、私達は片膝を地面につき、首を垂れる。そして、要件を伝えるべく口を開こうとしたその時、バーノン大王が階段を下ってきた。
「よいよいよい、頭など下げるな。跪く必要もない」
そう言われ我々は速やかに立ち上がる。先程の眼光が嘘のように穏やかになった。優しさとは無縁な王と思っていた私は驚いた。階段を全て下りヴィクトと握手を交わす。
「ヴィクト、先日は世話になったなぁ」
「大王、あれからお変わりはありませんか」
「この通り、快調に過ごせている」
どうやらヴィクトは大王に対して、なんらかの治療を施したようだ。私の知らない話だった事と、その態度に更に動揺してしまった。
本来、体調が悪かったり怪我をした場合は、治療院に行き治癒魔法を施してもらうことで、その状態を改善する。だが、ヴィクトの医療は画期的なものであった。その医療は魔法を使わず、薬による治療を行うものであった。怪我の治りは治癒魔法の方が、効果があるようだが、病によっては薬の治療が効果が高いと、もっぱらの噂である。
バーノン大王は、今度は私に握手を求めてきた。とても大きな手だ、そしてゴツゴツしている、武人の手である。私は差し出された手を躊躇なく握った。
「君がギーク大佐だな。噂は
「いえ、私は戦いを好みませんので――」
「戦いを好まない戦士がいるかね、自らの存在価値を自ら捨てる人間などいない」
私の返答を聞いて大王は大きく笑う。
「……そうかも知れませんね」
戦いを好む王の存在こそ、害であると私は思ったがもちろん微塵にも表情に映すことはない。挨拶を済ませ、階段を上りながら大王が尋ねる。
「して、ヴィクト。お前が火急の用事で出向くということは、余程重要な事態が起こっているのか?」
「はい、その通りです。迅速な御対処が必要かと。ですが、その前に……」
ヴィクトはアンの方向に目をやる。玉座にドスっと腰を掛けバーノン大王は答えた。
「ああ、良いのだ。アンは儂の目であり耳だ、参謀の立場から同席させている」
それでは、とヴィクトは話し始めた。
「西のラミッツに動きがありました。どうやらルストリアと組み、妙な企てを行なっているようです」
大王の眼光は一気に鋭くなり、聞いていたアンは表情を曇らせた。ヴィクトは続ける。
「昨年締結した大陸和平条約に関して気になる事があり、私の部下に調べさせたところ、極めて怪しい事実が浮かび上がってきました」
大王の相槌を待たず、ヴィクトは続けた。
「大陸和平条約を率先して締結させたのは、ルストリアとラミッツです。これは、調停者の国と呼ばれるルストリアの動きとしては、真っ当な動きと言えるでしょう。しかし、ラミッツはどうでしょうか?」
アンはこの時点で、この会話の内容の際どさを感じ、ヴィクトを睨むように見ていた。大王は、真っ直ぐヴィクトを見据え「続けろ」と促す。
「大王の御国はこの大陸で最も鉱山資源を輸出しています。そして、これを最も輸入をしているのはラミッツです。鉱山資源を加工し、商品として大陸全土に売り出しています。そして、その商品の実に六割以上が武器や兵器の部品、あるいは武器そのものとして各国に輸出しています」
ここにきて大王はこの話の意図に気がついたのか、眼に力が増していくのが分かった。それを理解しているはずのヴィクトは、一切気に留めずに流暢に続けた。
「武器を販売している国が、平和の為の大陸和平条約など推進するのでしょうか。これがまず私がラミッツを疑い始めた点です。そもそも、ラミッツは軍事力で言ってしまえば最弱の国と言えるでしょう。しかし、武器や兵器の調達という側面で、争いごとのターゲットにされる可能性が低いと言えます。更に言うと、他国が争いを起こせば起こすほどラミッツの商売は上手くいき国力を増していきます。そんな国が和平条約の後押しをするということは、ルストリアの思惑に乗ることで、それ以上の利益を取る為に他なりません」
ヴィクトが言い切ると、王の間に重たく張り詰めた空気が流れた。不愉快な沈黙に苛立った大王は急かすように問う。
「……で、奴らの狙いはなんだと言いたい?」
「大陸の統一が目的かと――」
「馬鹿な!そんなことはありえない!」
思わず出たアンの声は、まるで届いていないかのように、ヴィクトとバーノン大王の話しは続いた。
「五国はそれぞれが、国民の暴動や闘争に対抗する為、軍を設置し武力を持ちました。ただそれにより、国力のバランスが変わり、以前のようにルストリアが全てを統べることは実質不可能になっています。現に、南のシーナでは国民の暴動の鎮圧に、ルストリアの軍はほとんど派遣されておらず、自身の国でこれを鎮圧せざるを得ない状況になっている。これは、ルストリアの調停者の力が弱まっている何よりの証拠なのです」
ふむ、と今度はバーノン大王が相槌を打つのを待って、ヴィクトは更に続ける。
「ラミッツのランドローク国王はルストリア国王と異母兄弟であるという事実はご存知かと思います。そしてここで忘れてはいけないのは、ルストリア王家の血の話です」
遥か昔、大陸に国を成した者の血を王家の血として、代々ルストリア国王に引き継がれてきたとされている。威厳や権威を保つ為に取る、よくある話だ。その王家の血はラミッツの国王ランドロークにも流れており、この二人の系譜のみが最後の血を引く王家と言われている。五国で唯一の親戚関係にあるという事だ。
「つまり、ここから導かれる答えは、大陸の統一と王家の復権であります」
まるで演説を一区切り付けたかのような表情を見せるヴィクト。大王が先程の強張りを解き、玉座に深く腰を掛け直し、口を開いた。
「まぁ道理は分かった。……が、いかにしてそのような大それた事を成すというのだ? 残りの三国をどう出し抜く?」
ヴィクトは目に力を入れ直す。ゆっくりと、丁寧な口調で演説が始まる。
「先の大陸和平条約により、各国の領土に監視を目的とした、ルストリア軍駐屯基地ができましたが。これは、ルストリア軍の策略の一つ目です。これにより、現状の大陸は大きな争いは勿論の事、内紛も減りました。国同士での争いは膠着しています。しかし、これを利用しルストリアは各国の制圧を狙っていると考えます。ラミッツと連携してこれを実行に移された場合、隣接するスルト、シーナは軍略において非常に不利と言わざるを得ない。もっと言えば従属国で最も軍事力を持っているこのスルトさえ落としてしまえば……」
不敬な発言に、バーノン大王の気配が変わった事を、そこに居る全ての人間が感じた。
拳を握り、息を呑む私を横目に、少しのリズムも狂わさずにヴィクトは続けた。
「ルストリア、ラミッツにとって脅威になるものはほとんどありません。それほどまでに、この大陸のバランスは崩壊に向かっていた、と言えなくもないのですが……。続いてシーナを征服してしまえば残るは我々ミクマリノ、赤子の手を捻るようなものでしょう」
「待て! そんな事になれば、原魔結晶石の均衡はどうなる。大規模な争いは魔力のバランスを崩すことは周知の事実のはずです。大陸が壊れれば無意味ではないか」
堪らずアンが横槍を入れたが「ええ、そうですね」と、目も合わさず面倒くさそうにヴィクトは流した。
「大陸自体が維持できなくなる、なんてことはルストリアは望んでいない、望んでいないからこそ方法は限られてくる。大陸統一のため、民衆を人質に取ると考えられます」
「人質……だと?」
「言い換えれば、国を乗っ取る。という事です。ルストリア、ラミッツの合併が成立すれば大陸和平条約での功績や、調停者としての功績を大陸の民衆は、どう受け取るでしょうか。まるで英雄のように称え、政治に興味のない人間ですら、ルストリアは絶対的なものだ! やはり王家は絶対なのだ! などと
「……つまりは、内乱か」
バーノン大王は静かに呟いた。
「左様にございます。来月ラミッツにて行われる、年に一度の『大収穫祭』で事に及ぶかと。この日は大陸中の民が、あの国に集まります。演説をするには絶好の機会です」
ラミッツは古くから祭り好きで有名である。戦争景気で国が潤っている事も相まってか、盛大で派手な催しが盛んだ。大陸間の行き来が以前より安全となった今、多くの民衆がお祭り騒ぎをしに出向くことが予想されている。
「『条約などではなく、争いのない大陸の統一こそが真の平和!』そんなプロパガンダを
ヴィクトから視線で合図をもらい、ピシっと背筋を立て直した。私は一息に言葉を発する。
「愚察しましたところ、ミクマリノ領土内のルストリア駐屯基地から軍が引いております。恐らく、スルト領土内の駐屯基地及びラミッツ駐屯基地へ人員を割く為に召集を始め、事の準備を始めていると考えられます」
舐めるような上目遣いで、ゆっくりと、よく通る声でヴィクトは尋ねた。
「……バーノン大王、この現状をどう思われますか? 我々はこのまま傍観していてよいのでしょうか?」
もはや怒りに体を震わせる大王に、躊躇いなどなかった。
「決まっている、戦争だ! まずは我が領土内のルストリア駐屯基地を壊滅させ、その足で姑息なラミッツを一挙に制圧してくれるわ」
「しかし、和平条約が――」
振り上げられた腕によって、アンの言葉はまたも遮られた。怒りと喜びの混じった声で、スルトの大王はこの大戦の展開を語ってみせた。
「まず軍備力で言えば、我々の軍の損害は軽微。シーナにも声をかけ、挟撃の策を取る。駐屯基地の奇襲によりルストリア国境が厳戒態勢の中、我々の連合軍はラミッツを急襲、陥落させる。自国の国境防衛に気を取られ、そこに戦力を割くルストリアは、ラミッツへ戦力は送れまい。気付いた頃にはこちらがラミッツを占領しておるわ」
「さすが大王。素晴らしい軍略でございます」
「結局、戦争が始まりさえすれば、条約など
闘争を好む大王の思想を聞き、私はいよいよ胸の内の嫌悪感を隠しきれなかった。我が国の国王レオンチェブナ様がここに居ない事を良い事に、大陸を巻き込む戦争に此処まで嬉々として賛同するとは……愚かな国王だ。とは言え、ここにまだ幼きレオンチェブナ様がいたとて、この話の流れは変えられなかったのだろうが。国王の忠臣として、誠に申し訳が立たず恥ずかしいばかりだ。
大王は玉座から腰を上げ、ヴィクトの眼前に詰め寄る。
「ヴィクトよ。わかっているとは思うが、こうなればミクマリノも一蓮托生。ここに来てその話をするということは、我々の船に乗る意思で相違ないな?」
「……もとより、そのつもりでございます。ミクマリノはいつでも出陣の準備が整って御座います」
大仕事を成した達成感の様なものを、ヴィクトは噛みしめ、にこりと微笑んだ。バーノン大王の目を見たまま、力強く握手を交わし王の間を後にした。
ギークとヴィクトがスルトを去り、十五分は経っただろうか。炎のような意思を持つ大王と、その目であり耳である男は玉座の間にて話し合いを行なっていた。耳と目と意思とで、さながら自問自答のように。
「本当にヴィクトを信じているのですか?」
「あやつは自分の不利になるようなことは絶対にせん。恐らく知略においてこの大陸で奴に並ぶ将は、ルストリアのベガくらいであろう。儂はヴィクトが一枚上手だと思っているがな」
「しかし!」
「まぁそもそも、この話に真実など必要ではないのだ」
「……」
「はっはっは、結果として我が国が土の原魔結晶石の所有権を、うまくいけば雷の原魔結晶石の所有権を手に入れられれば、大陸を統一するのは我々。ミクマリノには、それなりの領土なり資源を渡しておけば問題あるまい。これの何が不満か?」
「しかし、原魔結晶石のバランスが崩れてしまえば大陸は……」
「我々に従わない人間がどうなろうと知ったことではない。ある意味これは選民である」
「……」
「儂は信じてすらいないが、仮にこの大陸に瘴気が覆うような事態が起こったとして、儂に付き従う炎の意思を持つものだけが生き残る試練の時なのだ。その後は除染なり開拓なりしていけばどうとでもなろう」
「大王様っ! それでは余りにも――」
「アン、お前の思慮深いところは買っておる。だが、その躊躇で逃してきた好機も知っている。だから、もうこの話は終わりだ。良いな?」
この日、火の国の全軍に大王の勅令が下った。
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