第4話 ぼくの事

よく犯罪者の過去はものすごい毒親から育てられた子供時代から始まりますよね。

親から愛を与えられず育った子供はソシオパスとして数々の凶悪犯罪をこなしていってしまうという青写真に、私は勿論、今思えば完全に映されていたなぁと思うのですが、子供時代の私はそれを頑なに拒否していました。私は少なからず親から愛されて育ってきたという根拠のない自信がありましたから。

普通ではない狂人が、普通の人間のようになりたいと渇望するというのは、ごく当たり前のことです。頑張って頑張って普通の人間のように豚や鳥肉を齧っては喉に通して行きました。

親についての話を先にするとつまらなく長い話になってしまいそうなので、先に私のこだわりの舌についての話をしようかと思います。


私は先ほども述べたように、将来的に最悪の犯罪者が生まれてしまってもおかしくないような家庭ですくすくと育ってゆきました。いろんな色形のアザやらやけどやらもありました。しかし、親は餓死だけはさせなかったのです。食べることだけが大好きだった親は、わたしをよく焼肉屋に連れて行ってくれました。

親の好物は焼肉でしたので、私の記憶ではほぼ毎週必ずと言っていいほど焼肉屋に通い詰めていたと思います。

先頭で述べた通り、わたしには牛やら豚の肉が不味くて仕方なかったので、苦痛この上なかったのですが、なんとかそんなわたしでも食べることができた箇所が舌、タンだったのです。さっぱりとしていて、それだけは唯一後でえずくことなく消化できたのです。舌に興味を持ったのはきっとこの理由からだと思います。しかし、人間の肉についての興味関心というものはやはり親をみてのことでしょう。

ばくばくと肉を口に運ぶ親はまるっきり太っちょの肥満体型でした。

お腹の部分にはたっぷりの脂肪が乗っており、そんなに焼肉が好きなのであれば、一度自分のその有り余ったお腹の肉を少しばかり切り取ってみて、それを家のフライパンで焼肉にして食べてみたら良いのに、なんてことを私は考えてしまったりしましたから。

 そういうわけで、ついに私ははじめての過ちを犯してしまいます。そのはじめての相手は勿論、丸々と太った親でした。

興味好奇心探究心とが猛烈に頂点へと達し、私はうちのソファに仰向けになっていびきをかく親の元へしゃがみこみました。

親は起きません。

さて、どうやって。という考えを巡らす前に私は行動していました。

その時私はまず親の舌を味わいました。うぐっ、と親は一言。発言はそれきりです。

 こんなものか、やはり美しく調理しなければいけないな、と思いました。その時、と言えば良いのか、気づいたその刹那には親は勝手に死んでおりました。なんとも静かすぎる死でした。

私は一瞬悩みましたが、すぐさま自ら警察に電話をかけました。

 。今からここへ警察がやってきて、親の血で真っ赤に染まってしまったわたしの手首に、冷たくおもい鉄の手錠がかけられる様を想像しました。なぜか興奮してきました。


 今まで警察に捕まったことのなかった私はただただ未知のことを体験してみたいという好奇心が止みませんでしたので、心地よい高揚感に包まれていましたが、結論から先に申し上げますと、私は警察には捕まえてもらえず、警察署まで行き、事情聴取というものを受けただけでした。

 正直に、私は親の舌を味わいたかった。味わったらどうしてかすぐに死んでしまった。と供述しましたが、期待していた手錠もはめられず、牢獄も拝見出来ず、どういう訳か、精神病院へ入院する羽目となりました。


親を殺した私がどうしてそういう風に扱われることになったのか?


 

それは私がまだ幼かったからという理由だけではなかったのです。


「キミはもうここではこわぁいこと、いたぁいことはされないから。ずっと安心して暮らせるように私たちドクターがサポートするからねぇ。」

そう少しだけ親より痩せた女の人が満面の笑みで私に喋りました。

大人というのは子供をどうにも子供だと思いたいという幻想があって、私はそういう態度を見せられると毎回辟易します。

いつまでも無知で無垢でいてほしいという願いを込めているかのようにドクターは私の頭を撫でつけました。

内心ムカつきましたが私は愛想良く頷くことを忘れませんでした。


病院での生活はたしかに今まで親から提供されてきた生活に比べると快適ではありましたが、プライバシーや自由が皆無と言っていいほどで、トイレには鍵がありませんでしたし、監視カメラがこれでもかというほど設置されており、常に私は誰かに見張られているという気持ち悪さに囚われていました。さらに入院患者ときたら私なんかより絶対的に遥かに重い症状の者ばかりでうんざりしたものです。八つ裂きにした人形をくっつけてはまたバラバラにしてを繰り返して一日を終える気狂いの女の子。ずっと誰もいない虚空に向かって語りかけるおじいさん。喚き声しか聞いたことのない親とそっくりの人もいました。

私はこれまでの人生で親以外の人と深く関わったことがありませんでしたので、どうにかして誰か他の人と深く関わり合いたかったのですが入院患者の中でそれが叶いそうな相手は見つからず、絶望しました。

ここからはやくでなければ自分はずっと孤独に苛まれることになると悟った私はあまり気乗りはしませんでしたが渋々ドクターの機嫌取りを実行してゆきます。

この病院はドクターの承諾なしに出られるわけが無く、私はとにかくドクターに媚びへつらうこと、勿論それには子供らしい愛嬌も忘れず、まともであることを証明し続ける努力を怠りませんでした。ドクターは案の定私を気に入り、もう一般的な子供として外に出しても良いと判断したようで、私は入院してから数カ月で退院することに成功しました。

「ドクターぼくはあなたのおかげでまともな人間になれたのです。ありがとう」子供らしい無垢な瞳と、柔和な微笑を持って私はドクターを抱きしめました。

完璧でした。

私は人の機嫌取りが絶対的に得意であることをこの瞬間確信しました。

ドクターは感謝の言葉を欲しがっていた。

ドクターは抱擁を必要としている。

だから私はそれを提供してやる。

私は生まれてからずっと親の機嫌取りのプロフェッショナルでしたから。それを他の人間にも適用すれば良いだけです。

勿論自分の欲求から生まれたものではないから何の達成感も実感もありませんがそうしないとわたしは生きていけないと子供ながらに自覚していました。

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