花のような糸と勇ましい羽

くれは

1:花のような糸・前

 山に降りていた父が、しばらくぶりに戻ってきた。

 父がお客を連れて戻ってくることはよくある。いろんな人がトウム・ウルまでやってきて、ダーフ織物だとかクハトーザ刺繍だとか、あるいは鳥の羽だとかウル・ヤーク雲の乳だとか、時にはルーだとかを選んで持ってゆく。代わりに、山で使えるお金だとか、山にしかない食べ物だとかをトウム・ウル・ネイわたしたちは手に入れる。

 それがソリトー商売というものだ。トウム・ウルの背中は広々として、空気も冷たくて、恐ろしいものもいないので過ごしやすいけれど、なんでも手に入るわけじゃない。だから、時々はこうやって山に降りていってソリトー商売をして必要なものを見付けてくる。

 この世界ができたときから、トウム・ウル・ネイわたしたちはそうやって生きてきたのだという。

 けれど、その日訪れたお客は、少し様子が違った。

 あとで聞いた話だけれど、そのお客の目的はソリトー商売ではなく、クードゥルーだったらしい。遠くに行くために、トウム・ウルとルーの助けを必要としていた。父は山のお金を受け取って、彼らをトウム・ウルに招いた。

 そして、何頭かのトウム・ウルを経由して、どこかに送り届けるのだと言った。

 トウム・ウル・ネイわたしたちはトウム・ウルの背中の上で、いつもクードゥルー移動している。そして、トウム・ウルの調子が悪くなることがあれば、別のトウム・ウルにクードゥルー引っ越しする。クードゥルー遠いところに行くというのも、それと同じようなことらしい。

 父が連れてきたお客は、男女の二人組みだった。わたしよりも少し年が上のようだった。わたしより年が上で一緒にいるということは、二人はクホス夫婦なのだろうか。ドゥーはらからのようには見えない。

 何よりもまず、女の人の姿が目を引いた。モーン・ウータ銀の糸のような髪と、薄く透き通ったノダーの色の瞳、白い肌。弟妹たちがノースと言って騒いでいたけれど、本当にノースのように綺麗だった。

 暖かい部屋で溶けてしまったノース・クーケルーデ氷の人形のお話を思い出して、溶けてしまうんじゃないかと心配したくらいだ。

 それから、髪の毛にきらきらとしたツェッツェの飾りをつけていた。それが、山に降りた先にあるルキエーという場所のオール・アキィトというものだと気付いて、わたしは思い切ってそれを見せて欲しいと頼んだ。

 トウム・ウル・ネイわたしたちの言葉は伝わらないらしく、父がわたしの言葉を代わりに伝えてくれる。

 ノース・クーケルーデ氷の人形は困ったように一緒にいた黒髪の男を見た。その男の人が何事かを言って、ノース・クーケルーデ氷の人形の髪に結んだオール・アキィトを解いてゆく。

 ノース・クーケルーデ氷の人形がためらいなく自分の髪を触らせるその様子を見て、二人はやっぱりクホス夫婦なのだろうと思った。

 ノース・クーケルーデ氷の人形の隣の男は、オール・アキィトを見せてくれて、編み方も教えてくれた。髪に結ぶところまで。

 わたしはそれを真似て、糸を編んでみている。トウム・ウル・ネイの糸で編むとどうしてもオール・アキィトと違う雰囲気になってしまうけれど、わたしは自分の好きな色の糸を集めて編んでいた。

 指を動かしながら、ノース・クーケルーデ氷の人形と隣の男のことを考える。

 クホス夫婦になるというのは、どういう感じなんだろうか。あの二人は、顔立ちも雰囲気も随分と違う。同じネイの人ではないだろう。どうやって知り合って、どうしてケレト結婚することになったのだろう。

 山に降りた先のネイでも、やはり男の人が女の人をさらいに行ったりするのだろうか。もしそうなら、あの男の人はネイを超えてノース・クーケルーデ氷の人形さらって逃げたということだ。

 祖母に聞いた昔話にそんな話があった気がする。トウム・ウル・ネイの若者が山に降りた先で女の人を気に入って、そのままさらって逃げた話。あるいは、トウム・ウル・ネイの女を気に入った男が、ルーに乗ることもできないのに、なんとかトウム・ウル・ネイまでやってこようとする話。

 あの二人にも、そんなことがあったりしたのだろうか。


 しばらく前に、いずれわたしをさらいに来る相手と会ったことを思い出す。

 わたしと同じくらいの年の男で、リクトー勇ましいラッフと呼ばれている。名前の通りにリクトー矢のように強い視線は、向かい合っていると睨まれているようで体が竦む。それに、ずっと唇を引き結んで、随分と不機嫌そうだった。

 二人で話せと言われても、何を話せば良いのかもわからない。向こうも不機嫌そうな顔のまま黙っていた。だからただ二人で何も言わずに立っていただけだ。わたしの父とリクトー勇ましいラッフの父は少し離れたところで、様々な取り決めをしているのだろう、向き合ってあれこれと話しているようだった。

 後から母に「どうだったか」と聞かれたけれど、何も言えなかった。「嫌か」と言われて困ってしまう。嫌も良いもわからない。わたしは母に「わからない」「何も話さなかった」と素直に伝えた。母は笑って「何回か会ううちにわかるでしょう」と言った。

 わたしはこっそりと、どうせ向こうから断ってくるだろうと思っていた。何も話すことなく終わってしまったのだ。それにずっと不機嫌そうな顔をしていたし。




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