第309話 剣術指南 1

 白カンガルーから受けた傷を治すことはできましたが、消耗した体力はすぐに戻らないので、ドロップした魔石とアイテムをミズモチさんに預かってもらって、前回休息をとった公園のベンチで休ませてもらうことにしました。


「ふぅ、今回もですが、普通のカンガルーと、黒カンガルー、白カンガルーのレベルが一気に高まるように感じました。A級だと思いますが、かなりSに近いように思います。ボスだけはSだと言ってもいいでしょうね」


 白カンガルーは、私一人では絶対に勝てませんでした。

 ミズモチさんの作戦と、白鬼乙女さんがくださった鬼切丸があったからこそ、なんとかなりました。


「あら〜、あなた」


 私が休息していると、声をかけられました。

 顔を上げればカンガルーを倒しにいく前に倒れていた女性です。


「おや? もう大丈夫ですか?」

「やっぱりそうなのね。看護師さんが、真っ白なタイツ姿の頭を剃った男性が私を助けてくれたと聞いたの。ふふふ、本当にそんな格好をしているのね」


 上品そうに笑う女性は、六十歳を超えていそうなマダムです。

 助けたときは顔を真っ青にして息苦しそうにしておりましたが、今は顔色も随分とよくなったようです。


「冒険者をしていて、この装備なんです」

「そうなの? ふふふ、うちの旦那も冒険者をしていたんだけど。最近怪我をして引退したのよ」

「そうなのですか?」

「そうだ。助けてもらったお礼にお茶でもいかが? すごく疲れているようだから、休まれていくといいわ」

「いや、そんな悪いですから」

「ダメよ。私に何かお礼をさせて頂戴」


 少し強引ではありましたが、どうやら私の顔色が相当悪かったようです。

 日の光に当たっていたことを気にしてくれて、手を引かれてお家にお伺いました。

 

 確かに公園から近くの場所にお家がありました。


「ふふ、クーラーを一日中つけているから涼しいでしょう。お茶を持ってきますね」


 連れて行かれたお家はとても大きなお屋敷でした。

 東郷という表札と、門を抜けた先には日本庭園の美しいお庭が広がっています。


 日本庭園が見える和室に通していただき、フカフカの椅子へ腰を下ろしました。庭の奥には大きな建物があります。


 汚しては行けないので、トイレを借りて、ミズモチさんに着替えとタオルを出していただき着替えました。


「お待たせしました」


 冷たい麦茶を出していただき、羊羹と芋羊羹を一緒に持ってきてくださいました。


「顔色が悪いわよ。体力の低下は危険ね。熱中症になってしまうわ」

「あっ、ありがとうございます。いただきます」


 どうやら私は熱中症で体調を悪くしていると思われたようです。

 勧められるがままに、私は羊羹を口に含みました。

 上品な甘さが口の中に広がって美味しいです。

 甘い口の中に冷たい麦茶を含んで喉に流し込むと、口当たりをスッキリとしてくれました。


「ふぅ、美味しいですね」

「ふふ、よかったわ。若い方は羊羹なんて食べないかと思って、こんな物しかなくてごめんなさいね」

「いえいえ、私は若くはありませんよ。もう40を超えていますので、それに羊羹は上品な甘さでとても美味しいです。それに夏場は冷たい麦茶が一番ですね」

「ええ、そうね。私もこの組み合わせが大好きなの」


 目の前にいる女性は、東郷八千代トウドウヤチヨさんと言われるそうです。

 旦那さんとお二人で暮らしているそうで、熱中症になって倒れてしまったそうです。


「おい、誰か来ているのか?」

「あら、あなたいたんですか?」

「うん?」


 部屋に入ってきたの白髪を短髪に切りそろえて浴衣姿の上品な男性でした。


「おや? 坊さんかい?」

「あなた! 失礼ですよ。この方は熱中症で倒れた私を助けてくださった冒険者の阿部さんです」

「ほう! それはお世話をかけた。妻を助けていただきありがとうございます! 私は東郷平三郎という。今は剣術道場の指南役をしております」


 八千代さんの隣で頭を下げる平三郎さんに、私は立ち上がって頭を下げました。


「これはご丁寧に、阿部秀雄と言います。今は専業で冒険者をしております」

「ほう、それは凄いですね。まだお若いのに精悍な顔をされておられる」

「いえいえ、私など」

「それで? 得物は何を使われるのかな」

「あなた! 何を聞いているの」

「妻から聞いているかもしれないが、私も元冒険者をしていてね。どうにも気になってしまって」

「大丈夫ですよ。普段は、杖を。最近、刀を手に入れたので刀を習おうかと思っております」

「ほう!」


 なぜでしょうか? 本郷さんの瞳がギラリと光ったような気がします。

 八千代さんも額に手を当てて、やれやれという顔をされています。


「ならばどうでしょう? 私は剣術道場をしておりまして、一度見せてはいただけませんか?」

「えっ? 見せる?」

「ふふ、実は庭の方に道場がありまして」


 先ほど庭に見えた建物は道場だったらしいです。


「ささ!」

「あっ、はい」

「すいませんねぇ」


 平三郎さんに連れられ、八千代さんは申し訳なさそうに私は道場に連れて行かれました。

 道場の中に入る際に、靴下を脱いで中に入ると不思議と身が引き締まる思いがしました。

 

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