第308話 ボクサーカンガルー 終

 鬼人化していなければ、最初の一撃で死んでいました。


「グフっ! ゴホっ!」


 殴られた痛みで、視界が朦朧としている私をミズモチさんが拾って逃げてくれます。


「あっ、ありがとうございます。ミズモチさん」


 なんとか言葉を発することができましたが、ミズモチさんの横に並ぶように白カンガルーが追従してきます。

 今までミズモチさんの動きについてこれた魔物はいましたが、余裕で追従してくる魔物は初めてです。


「結界!」


 攻撃に対して少しでも軽減するために、私とミズモチさんを包み込むように結界を張りました。

 ですが、白カンガルーがノックするような軽いジャブで結界を破壊してしまいます。


「これは! かなりヤバいですね!」


 私が万策尽きて殴られた衝撃で頭が回らないでいると、ミズモチさんが動きを止めて大量の水を放出し始めました。

 先ほどまで銀世界を作っていた氷たちも溶け出して、ミズモチさんが自分の周りに丸い巨大な水の球体を生み出していきます。


「ヴュ〜!」


 ミズモチさんが作り出した水の球体に飛び込んで、白カンガルーさんに対峙します。


「ミズモチさん?」


 何をしたいのかわかりませんが、白カンガルーもミズモチさんの行動に戸惑っているようです。


 私はミズモチさんと一緒に水の中にいるので、息ができません。


 水の中から白カンガルーが構えているのが見えました。

 あれだけで、この特大水玉を弾き飛ばしてしまう威力が含まれているように思います。


「ヴュ〜!」


 水の中心で鳴き声を上げるミズモチさん。

 まるで、ミズモチさんと白カンガルーがタイミングと間合いを図るようなやり取りに私も緊張感を感じながら、なんとか息を止めて耐えていました。


「ヴュヴュヴュ!!!」


 ミズモチさんが大きく鳴くと、白カンガルーの動きがブレて水へ飛び込んできました。水を突き抜ける音が遅れて聞こえました。


「ミズモチさん?」


 ミズモチさんの体が突き破られたような気がして、ミズモチさんを見ましたが、水の中でふよふよと漂って平気そうにしています。


 水を突き破った白カンガルーは悔しそうな顔をして振り返りました。


「えっと、どうなっているのでしょうか?」


 あれだけ早く動きが見えなかった白カンガルーを、ミズモチさんが翻弄しています。私は自分に回復魔法をかけながら、顔だけを水の外に出すことができました。


「ふぅ、なんとか痛みがひきました。それに息もできましたね」


 白カンガルーは地面に着地して、こちらへ振り返ります。


「ミズモチさん。またきます」


 この場はミズモチさんに任せることにして、水の中へ顔をつけてミズモチさんに近づきます。

 

 今までの敵なら、ミズモチさんは大きくなって対抗していました。

 ですが、今回は水の中に入って、むしろ小さくなっています。


「GIGIGI!」


 白カンガルーさんが勢いをつけて、先ほどよりも早いパンチを披露されました。ですが、今度は水が抜ける音はしません。

 ミズモチさんの目の前で凍って固まった白カンガルーがいます。


「ヴュヴュヴュ!!!」


 ミズモチさんにしては珍しく怒ったような鳴き方をして、全力で氷に魔力を注ぎ続けています。白カンガルーに対して好戦的な戦い方をしておられます。


 この水は、ミズモチさんにとって結界なのでしょう。

 水に触れた相手を素早く感知して、素早さで負ける相手を捕まえるためのミズモチさんの罠なのですね。


 そして、これはいつものミズモチさんの体のように感覚が共有されているのかもしれません。


「ブハッ! ミズモチさん。鬼切丸を!」


 白カンガルーを叩いても、鍛え抜かれた体にダメージを与えることは難しいです。ならば、白鬼乙女さんに頂いた新たな力を使ってみます。


「ヴュ〜!」


 ミズモチさんが私ごと一気に水を飛び出して、私に鬼切丸を渡してくれます。


 足場はミズモチさんに任せ。

 

 水玉の中で凍った白カンガルーを見下ろします。


「ミズモチさん」


 凍ったまま斬ることもできるかもしれません。

 ですが、私は刀を使ったことがありません。

 ですから、真っ直ぐに剣道の竹刀を構えるように上段から真っ直ぐに振り下ろします。


 ミズモチさんが、作り出した水玉は熱せられて氷を一気に溶かしていきます。

 氷は体だけを凍らせて、身動きを止めました。

 いくらミズモチさんが魔力を注ぎ続けても、白カンガルーを止めていられる時間は長くはありません。


 1秒か、2秒か、それでもミズモチさんが作ってくれた機会を逃したくありません。


「ミズモチさん。ありがとうございます」

「ヴュ〜!!!」

(いけ〜!!!)

「はい!」


 私はミズモチさんに全てを委ねて鬼切丸を振り下ろしました。


 強化され、変身した私の全力で振り降りした一刀は、白カンガルーを真っ二つに斬ることはできませんでしたが、刺さりました。


 それは魔石にまで到達して、白カンガルーさんの口から血を吐いて魔石へと変わりました。


 弾け飛んだ水玉。

 力尽きた私たち。


 今回はミズモチさんに教えられました。

 魔法もただ相手を倒すためのものじゃない。

 ミズモチさんも戦闘を学び、強くなっているのですね。


《大丈夫〜?》


「えっ?」


 ミズモチさんが私を心配してくれています。


「はい。回復魔法をかけたので、大丈夫ですよ」


《よかった〜。あいつ強いからヒデオが死んじゃうって思ったよ〜」


 久しぶりに話す念話さんは、流暢にミズモチさんの気持ちを伝えてくれます。

 

 ミズモチさんは、白カンガルーによって殺されそうになった私を見てた怒ってくれたのですね。


「ありがとうございます。ミズモチさんがいてくれたから、生きています」


 やっぱり私はミズモチさんがいないとダメですね。


 

 




 

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