第310話 剣術指南 2

 老夫婦に連れてこられた道場は神聖な場所のように思えて、差し込む西日が道場に暑さを提供する。


 ミズモチさんが八千代さんの膝の上になり、八千代さんはミズモチさんを愛おしそうに撫ででくれる。

 優しい雰囲気に私が和んでいると、平三郎さんが木刀を持ってやってきた。


「まずは、素振りをしてみてくれんか?」

「あっ、はい」


 私は高校時代に習った剣道の授業を思い出しながら、正眼に木刀を構えて素振りを開始した。 

 何度か素振りをしていると、だんだんと体が高校時代を思い出すように素振りの速度を上げて、自分の中で丁度良い体のタイミングと振り下ろすタイミングを合わせるようにリズムを整えていく。

 

 何かを言われるわけではありませんでしたが、木刀を振っていると疲れているはずの体が熱く高揚してくるのを感じます。

 脳内で白カンガルーに殴られたことすら快感に変わっていくような感覚を覚えます。


「それまで!」

「はっ! ハァハァハァ。すいません。夢中になってしまって」

「……阿部君と言ったね」

「はい?」

「君の剣は全く誰からも指導を受けていない。いや、悪いという意味ではない」

「はぁ?」

「どうだろう。私に君に剣の基礎を教えさせてはくれないか?」

「えっ? どういうことでしょうか?」

「どうやら、君は冒険者として実力のある御仁のようだ。体は出来上がっている。だが、がむしゃらに剣を振るう姿は無心の境地に至っていた」


 額から流れる汗が目に入りそうになりながら、平三郎さんを見る。

 

 平三郎さんは怒っている様子はなく、むしろ好意的にみてくれているのがわかる。


「えっと? すいません。無我夢中で」

「いや、それがいい。剣の極致は無心だ。そこまで到達できる者の方が珍しい。君は良き師を持ったのだろう」


 柳先生の顔が浮かんできた。

 ふふ、ちょっとボケていましたが、私にとっては良い師でした。


「だから、ワシの剣術を君に教えたい!」

「あっ、ありがたいですが」

「うむ。そうじゃな。力なき者に学ぶのは嫌うか、ふむ。それも強者故か。よかろう。ならば、一手ご所望願おう。すまんがハンデとして互いに木刀を使わせてもらう。なんでもありで戦っては、負けるのはワシじゃからな」


 そういう平三郎さんの構えにスキはない。


「わかりました。胸を借ります」

「ありがとう」


 同じく正眼に構えているのに全然違うように思いますね。


「行きます!」

「きなさい」


 私は先ほどの素振りをするように一撃を放った。

 自分でも信じられないほど、力が加わっていることが伝わってきます。


「ふん!」


 ですが、私の木刀は平三郎さんの木刀に当たると同時に滑っていきました。


「えっ?」

「活人剣、地滑り」


 勢いよく振り下ろしたことで、私はバランスを崩して、しまったところに平三郎さんの木刀が軽く私の脇腹に当たりました。


「へっ?」

「まずは、一本じゃな」

「えっと、まだまだ?」

「うむ。来るがいい」


 私は振り下ろしては先ほどと同じように受け流されると思ったので、今度は正眼に構えたまま突きを放ちます。

 

 杖術の刺突は、私にとってももっとも得意な攻撃手段の一つです。


「活人剣、縄縛り」

「ふぇっ?」


 突いたはずの私の体は、まるで掴まれて投げ飛ばされた良いにぐるりと一回転して床に転がってしまいます。


「ええ!!!」

「ほっほっほっ、どうじゃな?」

「凄いです! 剣術は、剣道と同じくだと思っておりました!」

「そうじゃな。実際に剣道はスポーツにするためにルールが設けてある。じゃが、剣術にはルールなど存在しない。型や技はあるが、それらを活かすための体の使い方こそが一番大事なのじゃよ」


 魔法や杖を使えば、互角に戦えるかもしれませんが、刀においては勝てる気がしません。


「こんなにも凄い剣術を教えていただけるのですか?」

「凄いと言ってくれるか? ふふふ、うむ。阿部くんさえ良ければじゃがな」

「よろしくお願いします。刀をドロップして、習うならば凄い方に習いたいのでよろしくお願いします!」

「うむうむ! よし。ならば私のことは師匠と呼びなさい」

「はい! 平三郎師匠よろしくお願いします!」


 私は柳先生に続いて、二人目の師匠に出会いました。

 

「あらあら、もう男の人はしょうがないわね。ほら、二人ともお茶を淹れましょうね」


 八千代さんが、お茶をいれて道場に持ってきてくれました。


「阿部君。これからだが、できれば毎日素振りをしてほしい。刀は振れば振るほどその身と同化していくのだ。肌見放すなとは言わぬ。だが、毎日振るうことで体に馴染んでいくのだ」

「わかりました。続けます」

「うむ。一週間で一万回振れたなら、またここにきなさい。次の段階に進むことにしよう」

「いっ、一万回ですか?!」

「うむ。今の君の肉体であれば、それでも少ないかもしれないが、体を刀に合わせるのだ」

「わっ、わかりました」


 柳先生は最初に三つの攻撃手段を教えてくれましたが、刀は杖よりも基礎が厳しいのですね。


 そういえば、杖を最初に持った時も毎日持ち歩けと言われましたね。

 最近は持っているのが当たり前になっていたので、忘れてしました。


 やはり武器と馴染むことが最初は大切なのですね。


 平三郎さんに教えてもらった通り、私は一週間で一万回素振りをすることを始めました。

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