第301話 覚悟

 カオリさんに背中を押された私は一つの覚悟を胸に刻むことができました。

 それはどんな答えを出すにしても、私が進む道には、カオリさんとミズモチさんがいると言うことです。


 ですから、何も怖くはないのです。


「ようこそ、阿部秀雄さん」

「テレスさん。今回の件で話があります」


 社長室へと侵入した私をテレスさんが出迎えてくれます。


「わかっています。ここではなんですから、場所を変えましょう」


 そう言って、私の横を通り過ぎたテレスさんは、会議室へと入っていかれました。そして、そこには会社の幹部たちが集まっています。

 社長の姿は無く、新しく幹部になった者たちばかりです。


「それでは、今日の議題を話し合いたいと思います」

「ちょっと待ってください。私は何も聞いていませんよ!」

「ええ、ですからここで話をするのです」

「どう言うことですか?」


 私が視線を向けると全員が、視線を逸らしてしまいます。


「それでは、まずは阿部さんの話を聞きます」

「……」


 状況は分かりませんが、私は覚悟を決めたのです。


「私は、会社を辞めます。テレスさん、あなたの意向に従うつもりはありません。すでに弁護士の方に相談もして、強引な方法でのスカウトに関してはお断りする準備ができています」


 私は社長やカオリさんに背中を押してもらって、弁護士の方々に守って頂き、やっとこの言葉を言えるようになったのです。


「そうですか。残念です。では、本日をもって、この会社を売却することにします」

「なっ!」


 テレスさんの言葉に他の方々は黙っておられます。


「私の目的は阿部秀雄さん。あなただけです。あなたがいないのであれば、この会社に興味はありません。幸い、私は会社の株を51%所有しております」


 スミスさんが指摘していた株をテレスさんはすでに51%所持していたようです。

 最初から、私たちに会社を手に入れることは難しかったのですね。


「それを誰に売るのですか?」

「さぁ、会社を辞める阿部さんには関係ないのでは?」

「これでも二十年勤めた会社です。気になりますね」

「この株を阿部さんに売っても構いません」

「……どういう意味です?」

「A国へ在籍してほしいとは言いません。ですが、私の仕事を引き受けてほしいのです」


 会社を人質にそこまでするとは思いもしませんでした。


 そして、それは私に会社の行く末を社員の前で選べと言っているようなものです。彼らが黙っていたのも、私と視線を合わせなかったのも、意味があったのですね。


「……テレスさん。私はあなたのやり方が嫌いです」

「……」

「人を巻き込むやり方も、遠回しにお願いするのも、私とは合いません」

「ならば、あなたはこの会社を私から買わずに、放置されますか?」


 買い取るためには、テレスさんの条件を飲む必要があり、買わなければ会社はどうなるのかわからない。


 ですが、ここまで覚悟を決めてから会社に来たおかげでしょうか? 私の心は揺れることなく思ったことを口にできると思いました。


「はい。放置します」

「えっ!」


 テレスさんだけでなく、会社の幹部たちも私を見ました。

 それは驚いていたり、絶望するような顔もあります。


「私がいなくても、会社が社長の手から離れた時点で、私が身を捧げた会社ではありません。仲間たちとは確かに会社を一緒に過ごしてきました。ですが、私は事務員をしながら他の方々もサポートをしてきたからわかるのです。もう、私が会社にしてあげることはありません」


 ハッキリと言葉にできたのは、ここまで背中を教えてくれた方々がいたからです。


「そう、ですか。私はどこかで間違えたのですね」

「失礼します」


 私は言いたいことを言って、会議室を出ました。


 よろめいて椅子へと座ったテレスさんを尻目に、私が会議室を出ると。

 課長を捕まえる際に営業部長と人事部長になられた二人が追いかけてきます。


「阿部」

「阿部さん」

「はい」

「それでいい」

「そうっすよ。一人の人間がどうこうできるのが会社じゃない」

「逆に阿部が、買い取ったところで今後が上手くいくのかなんてわからないんだ。だから、気にするな」

「そうっすよ。気にしないでください」


 二人の部長からも私の背中を押す言葉をかけられて、私は深々と頭を下げて、懐から退職願いを人事部長へ渡しました。


「今までお世話になりました」

「ああ、阿部にはたくさん助けられた。感謝している」

「阿部さんからは、たくさん学びました。ありがとうございました」


 二人との別れを告げて、私は事務所へと戻りました。


 引き継ぎなどを考えれば、すぐに辞めることはできないでしょう。

 ですが、テレスさんへの決別をハッキリと告げることができたことで、私の足取りは軽くなります。


「阿部君」

「三島さん、今までお世話になりました。このような結果になってしまいましたが、必要なうちは会社に残っていますので」

「バカね。あなたは自分の道を生きるのでしょ。気にしなくていいわよ。そんなこと」


 話してみると三島さんは本当にいい人です。


 もっと早く三島さんとも、カオリさんとも話せば良かったと今なら思います。


 会社を出た私の元へテレスさんがやってきました。


「これで、終わると思っていませんか?」

「……」

「必ず私はあなたをA国に連れて行く。そこで、アッシュのダンジョンを攻略してもらう!」


 髪を振り乱して、いつも毅然としたテレスさんはいません。

 ですから、私は彼女に近づいて。


「もっと素直に願ってくれれば、耳を傾けることができたのに。あなたは私の信用を失った。私の信用を失ったあなたからの依頼は受けません。それを回復してから話しかけてください」


 どうして、ここまでハッキリと拒絶できたのかは分かりません。

 ですが、覚悟を決めると言うことは責任を持つことなのかもしれません。


 私は、キッパリと別れを告げる覚悟と、テレスさんから恨みをかう責任を負う覚悟ができました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき


どうも作者のイコです。


この度、私の書籍化作家デビューが決まりました。

《あくまで怠惰な悪役貴族》

2023年11月10日に発売決定です!


TOブックス様で予約も行っております!

良ければ、お手に取っていただけれ幸いです。

カバーイラストなどは、近況ノートに載せていますので、良ければ見てみてください(๑>◡<๑)


いつも応援ありがとうございます(๑>◡<๑)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る