第113話 あの人の背中
【side矢場沢薫】
最初はただ一緒にいることが楽しいと感じるようになって、あの人の周りにいると不安がなくなっていくような安心感を持てるようになっていた。
毎日一緒にランチを食べて、話をして、ミズモチさんと三人でお出かけして……
ずっと何の変化もなく、あの人のそばで時が流れていくと思い始めていた。
これ以上、先を求めて関係を発展させてしまおうとして、この心地良い空間が壊れるぐらいなら、気持ちが落ち着いて安心していられる今を大事にしたい。
そう思っていたのに……
「今日は週末だからお客様多いと思うけどよろしくね」
従姉妹のミヤコさんが切り盛りする小料理屋さんで、たまにお手伝いをしています。
その日も予約が入っていました。
カウンターだけの小さな小料理屋さんですが、お客様がいっぱいで全て埋まってしまいます。
予約のお客様がやってきて扉を開けた先には、ヒデオさんととても綺麗な女性が立っていました。
「いっ、いらっしゃしませ」
「はい。いらっしゃいました」
会社や見慣れた場所以外で、ヒデオさんに会うなど考えてもいませんでした。
「あら~お客さん。また来てくれたんですね~」
店の奥からミヤコさんが出てきました。
「予約した!水野です」
「はいはいって、お客さんたちって知り会いでしたの?凄い偶然ですね」
「あっ、あのミヤコ姉さん」
「うん? どうしたの、カオリちゃん?」
「わっ、私」
「あの、矢場沢さん。もしも、ご気分が悪いなら私たちは帰りますが?」
気を使わせてしまった!
私はミヤコさんに助けを求めるようにして、ヒデオさんを招き入れました。
お二人から距離をとって仕事をしていても、どうしても話し声が気になって耳を傾けてしまいます。
女性の方はヒデオさんに気があるのかな?私のことを気にしてとんでもない質問をしました。
「好き……だったりするんですか?」
「えっ?好きですか?もちろん大好きですよ」
ヒデオさんが私を好き?!!
その言葉に私は動揺してしまって、洗っていたコップを落としてしまいました。
「失礼しました」
意識したのは、あの人の横に別の女性が座っていたから………
だからいつも作るランチを少しだけ豪華にして、もっとあの人のことを知ろうと思うようになった。
好きなことは何? 何を見て? 何を思うの?
「あの、ヒデオさんは趣味とかあるんですか?」
ランチのときに話題の一つとしてあげたものだった。
共通の趣味があるって話が盛り上がって、一緒に映画を見に行く約束をした。
凄く嬉しくて、私は少しだけ前進してみようと思った。
待ち合わせ場所には、いつもと違って少しだけオシャレを頑張ったヒデオさんがいた。
スーツ姿でも、野暮ったいスーパーに行くような服でもない。
清潔感を感じさせる普通で平凡で、安心するコーディネート。だからいいなって思えた。
「おっ、お待たせしました!」
「全然待っていませんよ」
「ふふ、そう言ってもらえてよかったです。行きましょうか」
「はい」
暗い映画館の中で私が彼を見た時、号泣していました。
私も感動して泣いていたけど、自分が泣いているのも忘れて、彼の涙が綺麗だなって見つめてしまいました。
もしも、この後一緒にご飯に行って、お酒を飲んで、二人で過ごせたら、一晩中彼といたい。
そう思っていたのに………
それなのに……
ーートルルルル
無情にも彼は私に背を向け走り去って行きます。
冒険者である彼の………あの人の背中を見つめることしかできない。
冒険者として走り去っていく姿は、いつも見ている頼りなさそうな彼とは違って見えました。
あんなにも真剣な瞳をした彼を止められるわけがありません。
ぐっと奥歯を噛みしめて、彼の無事を祈るために………
私はミヤコさんの店へと向かいました。
「あら、カオリちゃんどうしたの?」
「ミヤコさん。テレビを見せて」
「テレビ?奥にあるわよ」
テレビの画面には緊急速報という形で、どの局も雪山ダンジョンで起きた雪崩を映し出していました。
ヘリコプターは雪山に近づくことができなくて、ドローンを飛ばしては壊され、衛星から取る映像は画像が粗くて、細かいところは綺麗には見れません。
それでもあの人の存在は分かってしまいます。
「えっ?これって阿部さん?」
ミヤコさんが声を発したタイミングで、大きな黒い熊の爪によって胸を切り裂かれる阿部さんが映し出されました。
私は手で顔を隠して、瞳から溢れる涙を止めようと必死になります。
「カオリちゃん!女が目を背けたらアカン!見つめなさい!ここに泣きに来たんやないんやろ!祈りなさい!彼の無事を!」
そう言って発破をかけてくれるミヤコさん。
私は勇気を振り絞って顔を上げました。
数分、いえどれくらい祈っていたでしょうか?
二人のオジサンが黒い熊と対峙しているところへ、あの人が現われました。
着ていた服は引き裂かれ、胸には大きな傷跡が残っています。
それなのに黒い熊に向かって、一人で戦い始めました。
「ガンバレ!ガンバレ!」
自然に彼を応援する声が出てしまいます。
彼は一人で戦って、盾を持って防戦一方になって、絶対絶命のピンチに陥りました。
「ガンバレ!ガンバレ!」
涙が溢れて、声が裂けそうなほど張り上げます。
「あっ!」
ミヤコさんの声で状況が一変したことがわかりました。
ミズモチさんがやってきて、ヒデオさんと一緒に戦い始めました。
他にも三人の男女がヒデオさんと一緒に戦い始めます。
トドメはキラキラとした魔法が放たれて、黒い熊をミズモチさんとヒデオさんが倒してしまいました。
「よかった!よかったよぉぉぉぉ」
悲しい涙じゃありません。
心から安堵して涙が止まらなくて………
「よかった。ホンマによかったねぇ。阿部さん。スゴイ人やん!カオリちゃん。うかうかしてたらどこぞの女に持ってかれるで!」
「えっ?えっ?」
「好きなんやろ?あの優しくて、素敵な紳士様のことが」
カーと顔だけでなく全身が熱くなるのを感じました。
私は、もうヒデオさんを好きなんだ………
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あとがき
作者のイコです!!!
カクヨムコンテスト8終わった!!!!!
お疲れ様でした。
【進化ミズモチさん】『乙~』
たくさんの方々に読んで頂き、ライト文芸読者選考1位をキープしたまま終えることが出来ました。
本当にありがとうございます!!!
コンテストが終わっても話は続いていきます。
賞を頂けて、小説やコミカライズなどの報告が出来れば嬉しく思いますので、毎日祈っておきます!
これからも頑張って書いていきますので、どうぞ引き続きの応援をよろしくお願いします!!!
【進化ミズモチさん】『よろ~』
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