第62話 成人式

私は装備を外して私服に着替え、ロングコートを羽織りました。

ミズモチさんに留守番にお願いして、家を飛び出す頃には随分と遅くなっていました。

待ち合わせ場所は、前に二人で行ったカフェです。

遅くまで開いていてくれるので助かります。

寒空で待たせなくてすみました。


「お待たせしてしまい、すみません」


カフェの中は暖かくて、お客様は湊さんだけでした。

湊さんは、成人式に行ったままの姿で待っていてくれたようです。


「いえ、私こそ疲れているのに来て頂いて、ありがとうございます!!!」


湊さんは立ち上がって、私を歓迎してくれました。


「いえいえ、約束していたのに遅れてしまって申し訳ありません」

「そんなことはありません!阿部さんには無理ばっかり言っているのに」


私は、そっと湊さんの前に手を出して言葉を止めました。


「……謝ってばかりでは話が進みません。もうこの辺にしておきましょう。これを」


私はプレゼントらしいプレゼントを用意出来なかったので、本日私を守ってくれたネックレスを差し上げることにしました。


「綺麗……これは?」

「私のお古で申し訳ありませんが、守護のネックレスと言われる物です」

「えっ?!守護のネックレスって、アプリで見たことがありますよ!凄く貴重なレアアイテムじゃないんですか?」

「すみませんが、すでに使ってしまった後なので、貴重さは損なわれているかもしれません」

「モンスターパニックの際に阿部さんを守ったネックレスなんですね…… とても嬉しいです」


私が手渡そうとすると、湊さんは首を横に振り、後ろを向いて髪を持ち上げました。


「阿部さんが付けて頂けませんか?」

「私が?」

「はい。お願いします」


首筋は綺麗でうなじは色っぽく見えてしまいます。

魅力をゲットされて、美少女から美女へこれからドンドン成長を遂げていくのでしょうね。


「それでは僭越ながら失礼して」


私は腕を回してネックレスを付けさせて頂きました。

うなじをそっとなぞるように留め金を止めます。

触れてしまったことが申し訳なくなるほど美しいですね。


羽化とでも言えば良いのでしょうか…… 

これまで可愛いと思ってきた知り会いの子が、美しき蝶へと変貌を遂げていく。

そんな姿を見ることになるなんて、私は幸福な立会人です。


「嬉しい。阿部さんを守ったネックレスを頂けるなんて、どんな物よりも嬉しいです」

「そうですか?」

「はい…… 阿部さん。少しだけ私に付き合って頂けますか?」

「付き合う?」

「一緒に行ってほしい場所があるんです」

「わかりました」


マスターに支払いを済ませて、振袖を着た湊さんの手を取って歩き始めました。店を出る際に少し地面がスベりやすくなっていたので安全のためです。


「その場所は遠いですか?」

「いいえ。歩いて五分くらいです」


私が手を離そうとすると、湊さんが強く私の手を握り締めました。


「湊さん?」

「こっちです」


そういって私を導く湊さんの顔は、暗くてよく見えませんでした。連れてきて頂いたのは、明かりが消えてしまった神社でした。


本来であれば、商売繁盛を願う歌と、賑やかな人々が行き交う場所のはずだったことでしょう。

今は静けさと誰もいない寂しさが…… 賑やかな昼間との対比を表しているようで物悲しく映ります。


「ここに来たかったのですか?それはすいません。賑やかな時に来れたはずだったのに、こんな時間まで待たせてしまって申し訳ありません」

「いいえ。私が阿部さんと来たかったのは事実です。でも、目的はお祭りではありません。ねぇ阿部さん…… 私は綺麗ですか?」


両手を広げて振袖がよく見えるように、境内で身体をクルッと回した湊さんは誰よりも美しいです。


「はい。とても美しいです。振袖も似合っていて、きっとこの場に人がいたら注目を集めることでしょう」

「他の人なんてどうでもいいんです。阿部さんは、私の姿を見て、綺麗だと思ってくれますか?」

「私?はい。それはもちろん。綺麗ですよ」

「う~ん、やっぱり…… ダメですね」

「えっ?」


私の返答は何がいけなかったのでしょうか?湊さんが私へ近づいてきました。


「失礼します」


湊さんはそう言って私の胸へ抱きつきました。


「えっ?えっ?湊さん、誰もいないと言っても……」

「阿部さん」

「はい?」

「阿部さんは私にとって、ヒーローなんです」

「ヒーロー?ですか……」

「はい。二度…… 阿部さんには助けて頂きました。どちらも阿部さんがいなければ私は死んでいたか、一生消えない心の傷を抱えていたと思います」


恐い思いをした記憶が残らなくて本当によかった。


「18歳で成人って言われても、本当は実感が湧きませんでした。でも、成人式を終えて、ちゃんと大人の仲間入りをしたんだって思うと…… 私はこれから大人ですよね?」


そういって顔を上げた湊さんの瞳は潤んでいて、お顔も赤くて…… とても美しかったです。きっと、それは私が見てはいけないほど綺麗で、他の男性であればすぐに彼女を抱きしめて自分の物にしたいと思ってしまうほどでしょう。


実際、私の心臓も高鳴り…… 彼女との年の差がなければ強く抱きしめていたでしょうね。


「はい。湊さんは立派になられたと思います。とても美しくて魅力的ですよ。ほら」


そっと手を添える程度に優しく、彼女の頭を押して私の心臓へ耳を近づけて頂きました。


「凄く、早く、心臓が波打っているでしょ?」

「はい。早いです」

「湊さんがお綺麗なので、ドキドキしてしまいました」

「……ふふ、嬉しいです」


恥ずかしそうに笑う彼女は、しばらく私の胸の中にいて、私も彼女が寒くないようにロングコートで包み込んで暖めました。


「湊さん、一緒にお参りをしませんか?」

「はい。したいです!」

「ええ。湊さんの門出を祝って奮発します」

「お賽銭って、奮発って言うんですか?」

「さぁどうなのでしょう?」


懐から一万円を出して賽銭箱へ入れました。


「湊さんの未来が幸福でありますように」

「阿部さんの未来も幸福でありますように」


私たちは二人で声に出して願い事をしました。


帰りも手を繋いで帰りたいと言うので、手を繋いで湊さんを送ります。


「阿部さん」

「はい?」

「私のことを、シズカって呼んでくれませんか?」


年下の女性は親しくなると、名前呼びをしてほしいものなんですね。


「わかりました。シズカさん。行きましょうか?お送りします」

「はい!」


最後に見せて頂いた笑顔は、飛びきりキュートでした。


私の年が近ければ、心臓を打ち抜かれていたでしょうね。


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