第38話 事情聴取

 本日は自由出勤日です。

 年末の追い込みもほとんど終わりを迎えたので、仕事を終えて、一人でおでん屋さんでお酒を楽しんでいました。


 矢場沢さんと来たことで美味しさを思い出してしまいました。今日はおでんの盛り合わせをミズモチさんにお持ち帰りする予定です。


 ふと、店の戸が開き、凄みのある二人組が入ってきました。狭い店内は二人の雰囲気で一時、笑い声が止まって静寂に包まれました。


「おい、あんたらは客か?」


 おやっさん!凄いです。

 明らかに裏のお仕事の人たちですよ。よく話しかけられますね!

 私は怖くて……恐怖耐性のおかげでしょうか?あまり恐くありませんでした。


 ですが、関わり合いにはなりたくないですね。


「ごめんなさいよ、おやっさん。あたしらは別に悪い者じゃないんだ。ちょっとそこで美味そうなおでんを食っている御仁に話を聞きたいだけなんですよ」


 そういって指をさしたのは紛れもなく私でした。


「……わかった。奥を貸してやる。だが、おでんと酒は頼め」

「くくく、ありがてぇ。外は随分と冷え込んできなすったんでね」


 トレンチコートにシルクハットを被った男と、この寒い中でも繋ぎの作業服を来た角刈りの男性に促されて私はオヤッさんが用意してくれた奥の個室へと入りました。

 私も使うのは初めてですが、六人程度が入れるぐらいの座敷に私よりも年上のお二人と向かい合います。


「ごめんなさいよ。お仕事終わりに伺おうと思ったんですがね。ちょっと、こちらも忙しくて遅くなったところ。あなたがここに入るのを見かけて、待とうと思ったんだけどね。外の寒さと良い匂いに入ってきちゃいました」


 トレンチコートとシルクハットを脱いだ男性は、60歳ぐらいの鋭い目つきをしておられました。

 その筋の方だとお見受けしますが、迫力があります。


 隣に黙って座っている白い髪を角刈りに切りそろえた男性は、作業着の上からでも腕が太く鍛え上げられていることが分かる身体つきをされています。


 土木関係というよりも、そっちの仕事をされているという方が納得出来てしまうお二人の雰囲気は明らかに……


「ああ、まずは名乗ることからしましょう。私はBランク冒険者の長と申します。これでも元刑事でね。引退後に冒険者を始めたら、いつの間にやらBランクまで昇りつけてしまいました」


 警察の方!!!


 別に悪いことは何もしていませんが、鋭い目つきはそういうことですか!! ちょっと納得してしまいました。


「そんで、こっちのゴツイのが元さんです。私の相方です。息子さんが冒険者をやるというので、大工の片手間で手伝っている間にBランクになっていたそうです。今では年が同じなので、良き相棒として行動しています」


 この二人が同い年なんですか?いくつかはわかりませんが、警察を引退されているということは結構なお年では?


「こっ、これはご丁寧に……Dランク冒険者の阿部秀雄です」

「どうも。今日はホブゴブリン事件についての調査の一環でしてね」


 なるほど、湊さんが言っていたBランク冒険者の二人と言うのはこの二人でしたか。


 お二人とも冒険者をされているからか、年齢の割には若く……加齢臭がしません。

 むしろ、香水をつけておられるのか、仄かに紳士的な薫りがして、ちょっと憧れます。


「おでんと酒だ。暖まりな」


 おやっさんが頃合いを見計らったように三人分のおでんと熱燗を持ってきてくれました。


「おっと、ありがとうございますよ!!!」


 鋭い目つきをした長さんは、お猪口でチビチビと熱燗を楽しみ。筋骨隆々の元さんは、徳利ごと飲んでおられます。


 私は飲み終えたビールのコップをおやっさんに渡して、おかわりをもらいます。


「おや?寒くはありませんか?」

「ビール党なんです」

「ふふ、こだわりが出来るものですな。それにしてもここのおでんは美味い。元さん。また来ましょう」


 黙っていた元さんはいつの間にか、私が飲まなかった熱燗を飲んで、さらに五本も徳利を飲み終えていました。おでんのおかわりまでしていて、本当に年上なのか疑いたくなるほど豪快です。


「はは、気に入ったようです。それで話を聞いても?」

「ええ、酒の肴程度に聞いてください」


 お二人がおでんと熱燗を飲み食いしている間に、私はホブゴブリンと出会った時のこと、そして事前に洞窟の門番として見ていた話をしました。


「なるほどね。いやいや、本当に災難でしたな」

「いえいえ、私が助かったのは運がよかっただけで」

「そうかもしれませんが、あなたには私たちと同じ匂いを感じるんですよ。いつか仕事を共にする気がしますね。あっ、ここの払いは我々が」

「えっ? そんな」

「ふふ、これでもいい歳をしていますので、若者に奢りたいのですよ。Bランクは稼ぎがいいのですからね」


 トレンチコートにシルクハットを被った長さんが、勘定を払ってくれました。

 元さんは大量の飲み食いをされてお店に貢献されていきました。


 私は微々たる物でしたが、お二人でかなりの額をおやっさんに渡していたのは迷惑料も入っていたのかも知れません。


「あんな大人の男性になりたいものですね」


 勘定が浮いたので、タクシーでミズモチさんの元へ帰りましょうかね。


 明日は仕事納めです。


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