動物と話せる獣医さん

長島芳明

動物と話せる獣医さん

 獣医として評判の高い男がいた。その秘密は動物と話せることであった。家畜やペットの悩みを聞き、それ元に飼い主に適切なアドバイスをしていた。



 しかし動物と話せることは公言しなかった。話しても誰も信じてもらえないだろうし、笑われるだけ。熱心に話したら病人扱いされる。仮に認められたら、メディアの取材を受けて忙しくなる。



 彼はマイペースに仕事がしたい男であった。



 今日もマイペースに診察を始めた。




(うちの奥さんは、香水の臭いがきつくて、鼻がひん曲がりそうです。相当なブランド物らしく、毎日つけています)



 と犬が打ち明けてくれれば、



「奥様。このワンちゃんは嗅覚かとても鋭く優秀な犬です。特に高級な香水に反応してしまうので、外出時以外は高級な香水を使わないでください。高級な香水のせいで悪い人が侵入した時、悪の臭い発生しているのに、ワンちゃん気づかなくて吠えなくなる恐れがあります」



「そーでございますか。先日、ブラジルでコーヒー農園の投資話をした人が現れたのでございますのよ。一口一億円で、年率が一割と聞き、投資するかどうか迷っていたのでございますのよ。今度来た時、うちのピエールちゃんで確かめましょう」




 その奥様はいかに自分がお金持ちであるかとまくし立て、獣医にその投資話を持ち掛けていた。獣医はそれをやんわりと断り、次の診察をした。




(俺んとこのルームメイトはだらしなくてよ、せっかく食い物を分けてやったのに捨てやがる馬鹿者なんだよ)



「先生。うちのニャン子はどうですか?」



 猫の飼い主の若い女性は捨て猫を拾い、その捨て猫が成長したら恩返しとしてネズミやヘビを捕まえてくれるのが嬉しいと言った。しかし野生動物を捕まえているので感染症にかかってないか心配であった



 獣医は猫を診察したが、感染症らしきものはなかった。獣医は猫の飼い主に、



「猫は犬のような主従関係はなく、むしろ人間を見下している動物です。ヘビやネズミを捕まえるのは、『お前ら、ヘビやネズミを捕まえられないのか。この愚か者が。ありがたいと思え』という感じなんですよ」



 とは説明せずに、



「大丈夫ですよ。しかし念のために注射しましょう」



 と言い、猫に栄養剤を注射した。そして猫に、



(おい。次、ネズミやヘビを捕まえたら、また痛い目にあわせるぞ。今度はもっと太い針だぞ)



 と猫を脅迫した。猫は二度とネズミやヘビを捕まえないことを獣医に誓った。


 その日の診察が終わり、次の日は動物園に往診しにいった。



 そして各動物に対して様々な悩みを聞いて回った。悩みは恋愛話であった。



 動物園は牧場と違い、一種類の動物を多く飼育することは少ない。特に大型動物の多くは同じ相手と一生涯を過ごさなければならない。それだけならまだしも、一匹や一頭で過ごす動物もいる。



 獣医は、



(恋愛だけが生きる全てではないですよ。優しい飼育員もいますし、お客さんの笑顔も生きる糧になっているでしょう)



 と言って納得させていた。食うことには困らないので、渋々と納得していた。



 次にニホンザルの診断を任された。ニホンザル社会はリーダーの座をめぐって虎視眈々とリーダーを狙うオスザルが多い。まるで政治闘争や社内闘争を見ているようだった。



(リーダーの三郎さん。群れを率いるリーダーとして力は必要不可欠ですが、たまには優しい面を見せないと、仲間から嫌われますよ。あなたは元々優しい性格だったはずじゃないですか)



 とリーダーのサルに言い聞かせ、血気盛んな若いサルには、



(君はリーダーの座を狙っているようだね。しかしよく考えてごらん。勝ったとしても手負いになるだろう。その手負いになった時に他のサルに勝負を挑まれたらどうするんだ。リーダーが老いるまで待ちなよ。君はまだ若いんだし)



 と穏便な案を話していた。そして古代中国で行われていた、世襲ではなく優秀な人間に跡継ぎを譲る禅譲ぜんじょうを提案したが、サルには通じなかった。



 とにかくそんな調子で次々と動物の悩みを聞いたり、アドバイスをしていたりしていた。




(ゾウ君。お客さんがいる前は「パオーン」と吠えなさい。その時は勢いよく鼻を高々に持ち上げるように。その方が喜んでくれるから)



(キリンさん。たまには鳴き声を発したらどうだ。「モー」と鳴いたら、お客さんは「キリンて、モーって鳴くんだ」と目を丸くしで驚くぞ)



(カバ君。嘘でもいいからアクビをしなさい。お客さんの反応が面白いぞ)



 そして獣医は次の動物を診査した。その動物は元気が優れていなかった。



 飼育員は、



「しっかりと栄養を考えて飼料をバランスよく配分しています。飼育小屋も動物学者に聞いて出来る限り自然に近づけているのですが、いまいち元気がないんです」



 獣医はその動物に事情を聞いた。



(どこか不満なのだい?)

(私は栄養過多なんですよ)

(それはおかしい。バランスよい食事で、飽きさせないように色んなバリエーションは組んでいるぞ)

(それはありがたいんですが、それではないんです……)



 そしてその動物の悩みを聞き、獣医はさじを投げたくなった。こればっかりは適当なアドバイスが思いつかなかった。自分ひとりの力ではどうしようもない。



(最近の子供たちの多くはお金を稼ぐ夢しか考えていないんです。もう、その夢は食べ飽きました)



 とばくはぼやいていた。

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