第2話 その2 優心

秋を迎えようとしていた。

軽井沢の秋は、他より少し遅く来るのだ。

秋の象徴たる木々の紅葉は未だ訪れないが、日に日に緑が薄れていくのが見て取れる。


「三日月さんって、怒ったりしないんですか?」

「……ん?」

そう問いかけられ、首を傾げる三日月。

大量のフルーツを素早くカットしながらこちらを覗く綺麗な瞳。

少し下がった目尻は穏やかな印象を与える。

問いかけてきた女性――木場 きばあおい――


「いや、今まで2年近く三日月さんの後輩やってますけど、怒ったとこみたことないなーって。」

「……怒らないのと怒ってないのは違うけどな……。もう少し丁寧に切ってね。」

話に気を取られて少し雑に切られているフルーツを見ながら、三日月は静かに答えた。

木場は仕事はできるが面倒くさがりなので、細かい事を横着する癖がある。

可憐な見た目と反して言動や行動に大雑把な性格が見え隠れする。


「三日月さんは優しすぎるんですよー。この間も他の子の尻拭いしても文句1つ言わなかったじゃないですか。」

一向に雑さが取れないまま話し続ける木場。

「過去は変わんないし、怒るの疲れるよ。それに……」

「それに?」

「皆気持ちよく仕事したいじゃん。怒られてもいい気持ちしないし、次同じ事しなければそれでいいよ。」

三日月はミニトマトのヘタを素早く取りながら、淡々と答えた。

「そんなもん……ですかねぇ。三日月さんが損してないですかそれ?」

手を止めて、腰に手を当てて恰も説教するような姿勢で、木場が話を続ける。

「だってそれじゃ、三日月さんが1人被害を被っただけで、ミスした子は何も責任取ってないじゃないですか。相手のことを考えるのは良いですけど、言う時は言わなきゃ舐められますよ!」

そう言われて言い返せない三日月。


「そうそう、こう言う奴には仕事しろって言っていいんだよ。な、木場。」

じっと木場と、木場の切っていたフルーツを見つめながら、厨房の奥から三島がやって来てそう代わりに答えた。

木場は焦りながらいそいそと包丁を持ち直している。


「織部の後輩への気遣いは凄く良いと思うし、皆気持ちよく仕事出来てるけど、いつかお前が溜め込んだものが爆発しちゃうよ。言う時はビシッと言ってやんな!」

ジロジロと木場に睨み付けるような目線を送りながら、三島が後ろを通りすぎて行った。



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