第1話 その2 平穏

「ただいまぁ、疲れた……」

三日月は玄関のドアを開けそう言った。

返ってくる声は無い。返ってくるとも思ってない。

玄関は1階で、リビングは2階。寝室はその奥だ。


階段を上がりリビングのドアを開けると、視界の右側、ほの暗い奥の部屋からもぞもぞと動く音が聞こえてきた。

「んん?おかえりなさーい」

先程まで寝ていた為ぼんやりする視界を定めようと、目を擦りながらベッドから紅音が起き上がった。


「ただいま、寝てていいよ。」

「ごめん、お夕飯作れてないの……」

「良いって、適当に作るから大丈夫。明日も早いんだから寝てて、3時起きとかでしょう?」


紅音は再びベッドに倒れ込み、眠りについた。


彼女の仕事は長野でも有名なうどん屋の製麺だ。

そこは何店舗も経営していて、その全ての麺を1つの製麺所で行っている。

当日の営業に間に合わせるため朝がとても早い。

その分昼には帰ってくるが、夜は早く寝なければならない。


一方三日月は、主にホテルのディナーコースの担当である為、朝は遅く、夜は10時をすぎる事が多い。

月に何度かある朝食の担当の日と、どちらかが休みの日以外はほとんどお互いの寝顔を見て過ごす日々。

それ故に、彼はタイミングの合う日を大事にしている。

彼が休みの日は手のかかる料理を作ったり、食材などの買い出しも基本彼の仕事となっていた。

もちろん彼が好きでやっている事だが、紅音が彼自身に料理をあまり作りたがらないのも分かっているからだ。


こんな日に「おかえり」と言ってくれるだけでも、

彼は嬉しく感じてしまうぐらいに幸せなのである。




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