割れた花瓶は直らない

白久 巻麩

第1話 その1 順風

夏は避暑地としても有名な軽井沢。

ゴールデンウィークや夏休みなど、多くの人で町はごった返す。

自然豊かな街並み、オシャレなカフェやフレンチ。

数々のリゾートホテルや別荘などが存在し、富豪はこぞってその「非日常」に興ずる。


そんな軽井沢のとある会員制リゾートホテル。

そこで彼、織部三日月は働いていた。


三日月は、職場の上長と半年に1度の面談をしていた。

パソコンが2台置いてあるだけの、簡素な部屋。

2名しか入ることの出来ないその狭さが、調理人にデスクワークがあまり存在しないことを如実に現しているのだった。


「もうここに来て3年経つのか、早いなぁ。でも織部は成長が速いから助かってるよ。」

「まだまだです」

「もちろんまだまだだよ。3年足らずで全部できるんならうちの主任共はこぞって有名シェフになってるさ。」

そう言ってニコッと笑いかけた上長、三島は若くしてこの施設の調理のトップ、総料理長なのである。

周りを率いるカリスマ性とその優しくも強い眼差しが、彼の特徴である。

そんな彼の笑顔で、三日月の張り詰めた緊張がやや解れていた。


「プライベートをあまり詮索するつもりは無いけど、最近私生活で困ってることとかないか?」

「特には……」

「そうか、まあ彼女とも4年以上付き合ってるんだもんな。こんな良い男、彼女も手放さないだろう!」

実際、三日月には今のところ困っているところは無かった。学生時代からの付き合いの彼女とは、半年前に同棲を始めてまさに順風満帆だ。

ただ、彼女とは趣味や好みが全く合わないのが難点であるが、彼はそんな事全く気にしていなかった。


「問題無いなら良いんだ。一応な、一応。ここの所忙しくてかなり疲れてるだろうし、何か力になれればと思ってな。」

三島の心配してくれる気持ちには、自身の若い頃の苦難や今の施設の営業形態への不満が織り交じっていた。

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