第29話 それが理由

 屋上から出た緋川が、足早に廊下を歩く。


(どうしちゃったの、アタシ……)


 いろんな感情が胸中に渦巻いて、自分のことが自分で分からない。

 期待と失望——相反する二つの気持ち。

 だがそれだけじゃない。

 佐々木に八つ当たりをした罪悪感と後悔。

 自分の価値観と考えが瓦解して、足元が崩れていくような不安感。けどそれは、他でもない自分自身が望んでいたことでもあって……


(まぁでも……やることは一つなんだよね……)


 佐々木を見続けること。まずはそれから。

 期待を押し付けるのも、勝手に失望するのも、全て後回し。

 そして、季節は本格的に冬に入り、新年を迎えて冬休みが終わった頃。

 緋川は学校に登校し、自分の席に座ってHRが始まるのを待つ。

 すると——


「お、おい……あれって……」


 クラスメイトのそんな言葉を皮切りに、教室内が一気にざわついた。

 何事かと緋川が辺りを見回せば、その原因はすぐに分かった。

 一条だ。佐々木を見るようになった二ヶ月前とは違うその姿に、緋川は思わず目を見開く。

 もちろん冬休み前には、もうその体型は随分と変わっていたのだが、冬休み中に一体何があったというのだろう。

 緋川が考えを巡らせていると、いつの間にか一条が近くにまで来ていた。


「おはよ、緋川」

「あ、えっと……ン、おはよう」


 呆気にとられながらも、何とか挨拶を返す。

 これはもう、認めない方が理不尽というものだろう。

 そう思って、緋川はチラッと佐々木を盗み見た。


(見事なドヤ顔……なんかムカつく……)


 むしょうに腹が立って、やっぱ認めなくていいかも……という思考が一瞬よぎるが、さすがそれは緋川のプライドが許さない。

 そして一条が言うに、この日からいじめはぴたりと無くなったらしい。

 あとは秘密基地なるものに行けるようになれれば、一条がたてた目標は全て達成なんだとか。


(そっか……最後までやり切ったんだ……)


 逃げなかった。

 結果を示した。

 責任を果たした。

 佐々木は敵じゃない……みんなとは違う。

 それが分かったとき、心に暖かいナニカが広がっていくような感覚があった。

 そして——


(あぁ……見つけちゃった……)


 そう思ったら、もう遅かった。

 口説かれたわけでもなく、一条のような特別な関係を持ったわけでもない。ただ一方的に見つめていただけ。

 たったそれだけなのに、気付いたら……




 ◇◆◇◆




「——好きになってたわけかー。ってか、顔赤すぎね理佐」

「し、仕方ないでしょ! こういうの初めてだし……」

「あははっ、まぁでも、理佐にとっても、一条さんにとっても、佐々木は英雄ヒーローだったわけだ。じゃあさ……佐々木の英雄ヒーローはどっちがなるのかな?」

「「アタシ(私)!」」


 見事に緋川と一条の声が重なる。そして互いをムッと睨みつける。

 一見仲が悪そうに見えるが。


「二人って仲良しだよね。すごい共通点多いし」

「「ただの恋敵だから」」

(そういうとこだよ……)


 若月の生ぬるい視線に気付かず、緋川と一条は依然と言い合いを続ける。

 そんなこんなで、女子組の夜は更けていく。

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絶世の美女の告白を断った俺、数合わせの合コンに参加したらフった美女がいて修羅場 ますく @madakutsu

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