第28話 矛盾ばかり

「とまぁ、こんな感じ! 自分語り終了!」


パンッ、と手を合わせて終了を告げる一条。


「え、終わり? けっきょく秘密基地には行けたの?」

「ううん。無理だったよ。頑張ったんだけど、どうしても私の身長じゃ登れそうになかった」

「そうだったんだ……でもやるじゃん佐々木。できる奴だとは思ってたけど改めて見直したわ」


 ベッドに横になりながら話を聞いていた若月が素直な感想を言うと、一条はまた弛みきった表情で語り始める。


「でしょ!? 今の私があるのは、間違いなく佐々木の——」

「それはもう聞きすぎてお腹一杯。惚気ならもう充分聞いたから」

「ひかわー、若月さんが急に冷たいんだけどー」

「詩織はいつもこう」


 そう答える緋川は、どこか不機嫌そうだ。

 が、その理由は分かりきっている。


「もしかして妬いてる?」

「——っ!?」


 完全な図星を突かれて、キッと一条を睨む緋川。


「あははっ! 分っかりやすいなぁ。緋川ってもっと冷静沈着って感じじゃなかったっけ?」

「アタシはいつも冷静だから」

「いや無理があるって」


 澄まし顔で言う緋川にジト目を向ける一条。


「理佐はねー、佐々木のことになるとムキになっちゃうんだよ。アタシの佐々木だーって言って」

「そ、そんなこと一言も言ってない……!」


 と、口では否定したものの、実際はその通りであると、緋川自身も自覚している。

 

「そういえば理佐。好きになったきっかけが同じ出来事だったって言ってたけど、理佐も一条さんがダイエットしてた時になんかあったの?」

「あったにはあったけど……アタシのは一条みたいにいい話じゃないんだけど……」

「でも聞きたい! お願い教えて?」


 こちらのベッドに詰め寄ってきて、至近距離で圧を放つ若月。

 しばらく抵抗を見せた緋川だったが、するだけ無駄だと悟り、やがて諦めたようにポツリ……ポツリ……と語り出した。




◇◆◇◆



 あの日……初めて一条から挨拶をしてくれた日のこと。

 一条から聞いた話は、緋川にとって受け入れ難いものだった。

 周りの生徒も、信じていた友達もみんなみんな、根も歯もない噂を無責任にタレ流すばかりで、そのくせ逃げてばかりで、信用なんて絶対にしちゃいけない。

 そう思っていたのに。


(なんでこんなイラついてんの……ッ)


 廊下を歩く緋川の歩調がどんどん速くなる。

 ほんとにふざけないでほしい。

 全部嘘のくせに……お前も噂を鵜呑みにするだけの馬鹿のくせに……なのに、なのに……っ!


(なんで期待なんてしてんの、アタシは……ッ!)


 口当たりのいいことを言う人は今までもいた。

 この人はちゃんと自分を見てくれる。過去に緋川はそう淡い期待を抱いて……そして無惨にも裏切られた。

 そういう人ほど、本当は敵だったのだ。

 笑ったり泣いたりする自分を嘲笑っていただけ。

 だから全部を押さえ込んだ。期待も失望も抱かないように。何も感じなければ、辛いと思うこともない。だから無理矢理にでも心に蓋をしたんだ。ダメ、やめて……そんな自分の良心さえも封じ込めるように。

 なのに——

 今度こそ違うかも。佐々木は違うのかも……なんて、この心はまた性懲りも無く淡い期待を抱いてしまう。

 そんなのは抱くだけ無駄だと、何度も学習してきたはずなのに。

 自分の愚かさ、佐々木への期待、その否定。

 あらゆる感情がごちゃ混ぜになって、気を紛らわそうと緋川は屋上へ向かった。

 扉を開ければ、刺すよう寒気が全身を撫でる。

 だが緋川は構わず外に出た。


「スゥ……はぁ……」


 両手をフェンスについて、深く深呼吸する緋川。

 昂った気持ちを落ち着ける。期待も失望も、もうたくさんだ。何も感じないように奥へ奥へ仕舞い込んで——


「あれ? 緋川?」


 後ろから声をかけられ、緋川は反射的に振り返る。

 最悪だ……そう思わざるを得ない。

 なぜなら緋川の視線の先には——塔屋の上からこちらを見下ろしている佐々木の姿があったから。


「なんかめずらしいな。緋川がここに来るなんて。ってか初めてじゃね!」


 笑顔を浮かべて、友好的な態度をとる佐々木。

 だが心を乱す元凶を前に、緋川の心にはどんどんドス黒いものが溜まっていく。


「恥ずかしくないの……?」

「なに? わりぃ、よく聞こえな——」

「恥ずかしくないのかって聞いてんの」


 緋川からはっきりとした敵意の視線を感じ取って、佐々木は浮かべていた笑顔を引っ込め、塔屋から飛び降りた。


「どういう意味だ?」

「一条さんから聞いた。いじめを解決するために佐々木に協力してもらってるって……これ本当?」

「ああ。本当だ」

「でも本気じゃないんでしょ?」

「は?」


 侮蔑されているのは分かる。だが突拍子すぎて怒りを覚える前に呆気に取られてしまう


「一条さんのことおもちゃにしてるんでしょ? あんなに期待させといて、裏切るんでしょ? 無責任に放り投げるんでしょ?」

「ただの言い掛かりじゃねぇか。俺は一条を裏切ったりなんかしねぇ」

「どうして? 証拠は?」

「証拠なんて示せるか。けど最初の問いには答えられる」

「なに」

「一条に電話でいじめのことを聞いたとき、なんとかするって言っちまったからだ」

「……は?」


 今度は緋川が呆気に取られる番だった。


「お前が言う通り、無責任にな。だから俺は一条を裏切らない。あいつの目的が果たされるまで協力者でい続けてやる」


 意味が分からない。

 約束ですらない、ただ電話で口走った言葉の責任を果たすために、この男は一条に協力している……そういうこと?

 なんだそれは。そんなの信じられるわけ——


「ま、信じられるわけねぇよな。俺だって心の底からは信じらんねぇし」


 まさに今言おうとしていた言葉を取られて、緋川が押し黙ってしまう。


「なら、俺のことを見ててくれ」

「……え?」

「俺には緋川が抱えている気持ちを正確に汲み取ることはできねぇ。けど俺のとった行動が、緋川の何かしらを揺さぶってるのは分かった」


 信用しろなんて言わない。

 冷たいが、緋川の信用を得ることは目標に含まれていないし、信用がなくてもなんの支障もないのは事実だ。

 だが緋川の言葉からは伝わるものもあった。


「この場で何を言っても緋川は何も信じねぇだろ? だから見ていてくれ。俺が緋川にできることは、最後まで言葉と行動で示すことしかねぇんだ」


 それがきっと、緋川を救う鍵になる。

 佐々木はそう確信していた。

 緋川の考えを覆す実例を見せれば、緋川の凝り固まってしまったナニカを溶かすことができるかもしれない。

 そして将来、その心の穴を埋めてくれる誰かに出会えれば、視野は何倍にも広がって、幾らでも新しい発見ができるようになる。

 そう、緋川が心から信用できる誰かに出会えさえすれば。


「……分かった。少しだけ……気にかけてみる……」

「少しだけかい」


 思わず気安くツッコんでしまった。


「そ、それでもちゃんと見てるから! あと、その……ごめん。八つ当たりしちゃった」


 遠慮がちに頭を下げる緋川。

 その瞳には今も多くの感情が渦巻いているのが伺える。

 信じられない……ううん、絶対に信じない。また傷つくの? もうあんな思いをするのは嫌だ。だから信じない! 期待なんかしない! 絶対に、絶対に!


(でも……)


 ——信じてみたい。

 佐々木はみんなとどこか違う。気のせい? 気のせいでもなんでもいい。お願いだから、アタシをここから出して……助けてよ……

 矛盾する二つの想い。

 だから口から出てくる言葉も、また。 


「期待なんてしてないけど……でも……頑張って……」


 応援しているのか、そうじゃないのか。

 何も分からないのに気持ちだけはどんどん溢れ出てきて、もう蓋をすることはできないだろう。


「そ、それだけ! じゃあ!」


 まるで逃げ出すようにして、緋川は勢いよく屋上から出て行った。


(どこまでも素直じゃねぇな。まるで天邪鬼だ……いや、緋川をそんな風にしちまったのは俺らか……)


 佐々木も今の緋川の置かれてる立場は知っている。

 学校中に蔓延する緋川の噂の数々。

 きっと何度も期待して、その度に裏切られてきたんだろう。

 それが緋川の心を縛り付けているのは明白。そして、自分は今、そんな緋川を解放してやれるかもしれない瀬戸際に立っている。


(一条のいじめを解決するだけのはずが、知らないうちにすげぇ大事なことに巻き込まれちまった)

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