第22話 女子会
風呂から上がって、自部屋へと戻ってきた緋川と若月。
二人ともTシャツにショーパンという非常にラフな格好をしており、緋川は備え付けの机に鏡を置いて、入念にスキンケアをしていた。
海辺では紫外線を遮るものが無く、海面や浜辺からの照り返しなどの理由から、いつもより日焼けをしやすい。
自分が納得するまで、緋川はケアを追及していく。
若月はその様子をベッドの上で横になりながら、片肘をついて見つめて。
「なーんかさ、らしくないじゃん」
スキンケアのことではない。
一条と会ってからの緋川に、若月は妙な焦りを感じていた。
「ン? アタシのこと? 別に普通だと思うけど」
「いやいや。あんな挑発、茜と凛にもしたことないじゃん……まぁ、掃除してた時の佐々木と一条さんのやり取りを見て、焦るのは分かるけどさ」
「………」
図星を突かれて押し黙る緋川。
とは言え、あれは挑発や牽制というよりかは、嫉妬からくる八つ当たりっていう方が近い。
緋川自身も子供っぽいことをしたと思っている。
「如月と小野田は本気で佐々木が好きってわけじゃないじゃん。一条とは違う」
「やっぱ一条さんって、本気で佐々木のこと好きなんだ?」
「そう……高三の時からずっとね」
「そこも一緒なの? なんかあんたらすごいね」
「好きになったきっかけが同じ出来事だったからね」
「えぇ……」
若月は占いなどの
だがここまで一緒だと、運命ってものを信じたくなってくる。
「まぁ、でも……阿吽の呼吸具合で言ったら、理佐と佐々木だって相当だよ?」
「え……そう?」
「うん。だから焦る必要なし!」
励ますためにそうは言ったが、若月の分析は少し違う。
もちろん、佐々木と理佐の息はよく合っている。だがそれは現状、佐々木が察して行動している上に成り立っているもの。
一条は違う。
あの一条と佐々木は互いが互いを分かっている。
だが、緋川はつい最近までまともな友達がいなかった身だ。
時間と経験がものを言うものに対し、一条と同じレベルを求めるのは酷ではあるが……その言い訳が通じるかは別問題である。
「まぁ、アタシが焦ったって、佐々木が恋愛できるようになんないと始まらないんだけどね」
「それもそっか」
心の病が完治するのは相当な時間が必要だ。
一年後か、二年後か……正確な数字は誰にも分からない。
「……気になってたんだけどさ」
ずっと前から聞くべきか迷っていた。
だが、若月はここで緋川へ切り込む判断を下した。
「理佐はさ、本当にいいの?」
その前置きで、緋川は若月が言わんとしていることを理解した。
「アタシは……佐々木を好きになったことに後悔はしないよ」
「でも、理佐がいくら献身的に佐々木のサポートをしたって、佐々木の気持ちが理佐に向くとは限らない……たとえ付き合えたとしても、理佐に恩義を感じているだけで、好きだからって理由じゃないかもしれないよ?」
緋川の心の中にある恐怖を正面から突きつける若月。
耐えられそうにないならフォローするつもりだが——
「ン、それ佐々木にも言われた」
「え……」
緋川は特に気にした様子はなく、あっけからんと答えた。
(好きな人から言われるとか……佐々木、結構酷なことするじゃん……)
佐々木の行動は、優しさからくるものなのは理解できる。
変にがんじがらめになって、中途半端で不誠実な男になられるよりずっとマシではある。けど……好きな人から直接言われるのは……
もちろん、当時事情も何も知らなかった自分に出来ることなんかないことは、若月自身も分かっている。
(私ももっとフォローしなきゃ……)
自分の力不足を痛感したところで、緋川が口を開いた。
「先のことを考えるのは大事だけど、いくら考えたってそれは想像の域を出ないじゃん? だから、どんな状況になっても、その時はその時で行動できるように準備するしかなくて……佐々木に好きになってもらえるにように頑張るしかない……アタシ諦め悪いから、アイツが誰かと付き合うまで付き纏っちゃうかも」
決して目を逸らしているわけではない。
端的に言えば、これは優先順位。
だが、それにしても。
「相変わらずの激おも感情……」
「もしかして……アタシってヤンデレ?」
「少なくとも、今はまだそこまで猟奇的じゃないかな」
「でもアタシ浮気は許せない」
「いや、みんなそうだから」
一部の特殊性癖の人以外は……ではあるが。
すると——コンコン、と部屋にノック音が響く。
椅子から立ち上がった緋川が覗き穴から外を見れば、そこにはビニール袋を持った一条が立っていた。
「いらっしゃい」
扉を開けて、一条を中に招き入れる。
「逃げなかったね」
「私が逃げる必要ある?」
早くも火花を散らす二人。
「はいはい、そういうのはまた今度。一条さん何もってきたの?」
若月は
「決まってんじゃん。女子会って言ったら……ジュースとおやつでしょ!」
どうやら近くのコンビニで買ってきたらしい。
一条はビニール袋から人数分のジュースとお菓子を取り出し、ベッドのサイドテーブルへ置く。じゃ○りこ、チョコチップクッキー、ミニドーナッツなど、片手で簡単に食べられるものが並んでいる。
「あ、お金……」
緋川がカバンから財布を取り出そうとすると。
「あー、いいよ、いいよ。別に高い買い物したわけじゃないし。その代わりさ……最初は私の話をさせてくれない?」
「一条の?」
「さっきは私と緋川だけで盛り上がっちゃったし……どうせなら、若月さんも含めて、みんなで楽しめた方が良くない?」
一条はそう言うと、スマホを操作してベッドに座っている若月に画面を見せた。
映っているのは、一枚の集合写真。
「これ修学旅行で撮ったクラス写真なんだけどさ、若月さん、この中から私のこと探してみて。三十秒以内に見つけられたらジュース奢ってあげる。じゃあ、スタート!」
「えぇ!?」
有無を言わせず、謎のゲームがスタートした。
若月は目を凝らして、前列の端から順に顔を見ていく。整形か何かをしていない限り、修学旅行に撮った写真なら、まだそこまで顔つきは変わっていないはずだ。
(ん……んー?)
だが一周すれど二周すれど、一条を見つけることはできず……やがて。
「はーい、時間切れ!」
「ちょっと、これほんとに一条さん映ってんの?」
「映ってる映ってる……これだよ」
「えっ!?」
指を差されたのは、正直言って、かなり冴えない肥満女子だった。ボサボサの髪と野暮ったい眼鏡。その全身からはこれでもかと陰気は伝わってくるのに、自信は一切感じられない。
豪奢な金髪を生やしながらも、それに見劣らない美貌と、引き締まった
「あははっ、いい反応!」
「いや、だって……ええ!? ほんとに!?」
「ほんとだよ、詩織」
緋川に言われて、若月はようやく一定の納得をすることができた。
「昔の私って、典型的な陰キャでさ……頭は悪いし、運動も全っ然できないし……それで……夏休み明けにイジメられたんだよね」
「——え」
「まぁ、そこまで重い話じゃないからさ、聞いてくれる? 半分は惚気話だし!」
そこから一条は、自分の過去について語り始めた。
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