第20話 新たな世界へ

「おぉー、めっちゃ綺麗じゃん」


 清掃を終え、若月祖父から連絡事項を聞いた後、佐々木達はバイト期間中に寝泊まりすることになっている宿泊施設へ向かった。

 ビーチから歩いて数分。

 てっきりおんぼろの宿泊施設に寝泊まりするものだと想定していた佐々木だったが、現れたのは白塗りの壁で二階建ての真新しいコテージだった。

 シンプルな内装をしているが、その一つ一つにしっかりと手入れが行き届いていて、パッと見で二十人以上は泊まれそうなほど大きい。

 綺麗な広々とした空間に浮き足立つのを抑えて、佐々木と田中は階段を登って宿泊部屋に入った。


「え、広っ!?」


 田中が目を見開く。

 ベッドは四つ、部屋の隅にテーブルと二人掛けのソファが二脚。それでもなお広いと感じさせるほどの大きさを持った洋室だった。


「若月のおじいさんすげーな! 俺らただのバイトなのに超高待遇じゃん! ひゃっほーいっ!」


 田中は思い切りジャンプすると、そのままベッドの上へダイブした。


「おおっ!? すんげーふっかふかっ!? ははっ、宿泊申請してなかった奴ら悔しがるだろーな。てか、あいつらお目当ての緋川と一条と一つ屋根の下で寝泊まりできねー時点でお察しか」


 ベッドの上で仰向けになってケラケラ笑う田中。


「ここら辺が地元の奴らなんだろ。ま、気楽でいいんじゃねぇの!」


 そう言って、佐々木もベッドへダイブした。

 スプリングが軋み、柔らかい弾力が佐々木の体を押し返す。


「あーあ。どーせなら、俺らと緋川と若月と一条と蒼井以外の全員が宿泊申請してなかったらよかったのにな」


 天井を見つめながら、田中がぼやく。


「さすがにそれは都合が良すぎだ。また四人で海に来た方がはえぇって」

「だよなー。まぁ、それは来年にとっておくか」

「来年もこうしてバイトに来るかもしんねぇけどな」

「あ、そっか。毎年店やってんだっけ……じゃあ来年は前々々日入りすっか」

「割とあり」

「だろ?」


 その後も来年の夏休みの妄想は続いて。

 そして不意に、田中の表情が引き締まった。


「それで玲……今日は仕掛けんのか?」

「仕掛ける?」


 意味が分からず、そのまま聞き返す。


「決まってんだろ? 女子が止まってる部屋に遊びにいくんだよ……お約束だろ?」


 田中はフッ、と不適に笑うと、ボストンバックの中からトランプとボードゲームを取り出した。

 そしてどこか遠い目をして、悠々と語り始める。


「玲、覚えてるか……修学旅行の二日目の夜……俺とお前は共に楽園エデン(女子部屋)を目指した。そして共に数々の障害(見回りの先生)を乗り越えて……ついに俺達はッ、楽園に辿り着くことができたッ!」

「三分で見つかったけどな」

「………………あ、あそこで過ごした時間は、まさに天国のようで——」

「地獄(先生の説教)の時間の方が圧倒的に長かったぞ」

「……」


 嫌な記憶が蘇ったのか、田中が押し黙る。


「そもそも今回は修学旅行じゃねぇ、バイトだ。やらかしたら若月一家にも迷惑がかかる。諦めろ」

「くっ……無念ッ!」


 力尽きたように、田中はガックリと項垂うなだれた。




 食事を終え、佐々木と田中は別棟にある大浴場に足を運んだ。

 男湯と書かれた暖簾のれんを潜って中に入れば、脱衣所にも内風呂にも人影は見当たらなかった。


「ラッキー。誰もいねぇじゃん」

「じゃあ、パパッと入っちまおーぜ佐々木」


 脱衣かごの中に着替えが入っている袋を入れて、佐々木達は衣服を脱ぎ始めた。

 

「なんか修学旅行みたいで懐かしい気分になんだけど」

「俺も。でも修学旅行と違って、入浴時間を決められてねぇのは助かるな」

「マ〜ジでそれ! 修学旅行のとき全然ゆっくりできなかったの覚えてるわー。せっかくの温泉だったってーのに!」


 特に最悪だったのは初日の移動日だ。

 謎に道路が混雑していてせいでバスは立ち往生。宿泊先である旅館への到着が遅れるに遅れたのだ。湯船に浸かれた時間は数分しかなかった。

 

「男子はともかく、女子には同性でも裸を見られるのは嫌って奴もいるらしいからな。そういう意味でも時間があんのはいいことだ」

「マジ? 緋川と若月大丈夫なんかな」

「無理なら二人とも宿泊申請してねぇって」

「それもそっか」


 話をしながら着ている服を脱衣かごに放っていく二人。

 すると脱衣所の入り口側に、複数の話し声が微かに聞こえてきた。

 おそらく緋川ら女子も風呂に入りに来たのだろう。

 そして、ちょうど下着一枚になった……その時だった。


「あれ? 佐々木くんと田中くんじゃん。二人とも早いね。てっきり僕が一番乗りだと思ったのに」


 さも当然のように……目の前に現れたのは蒼井だった。


「「…………」」


 静かなパニックに陥る佐々木と田中。

 突然の事態に思考がフリーズし……先にようやく状況を飲み込んだ佐々木が恐る恐る口を開いた。


「あ、蒼井……」

「ん? 何?」


 佐々木の動揺などいざ知らず、可愛らしく首を傾げる蒼井。


「ここは男子風呂だぞ?」

「え、知ってるよ?」


 佐々木がそれなりの緊張感を持って伝えた事実に対し、やはり蒼井はあっけからんと答えた。


「ちょ、蒼井! 何やってんの!?」


 そこへ、血相を変えた一条が現れた。


「そっちは男子! 女子はこっちで……………あ、」


 不意に言葉を途切れさせた後、一条は何かを思い出したような顔になった。

 そして一連の流れで悟ったのだろう。

 蒼井はなにやら物凄く落胆した表情を浮かべた。

 

「ま、まさかみんな……そういうこと……?」

「ごめん、忘れてた。そういえばそうだったね」

「い、一条まで……っ!?」


 ワナワナと肩を震わせる蒼井。

 そして、その瞳には薄っすらと涙が……


「えっと……蒼井……俺、なんかした?」

「玲くんは悪くないって。一緒にいる私も忘れちゃうぐらい蒼井が紛らわしいだけ」

「好きでやってるわけじゃないから!」


 蒼井はキッ、と佐々木と田中を睨む。

 その視線に、佐々木達は困惑するばかり。

 そして——真実は白日のもとへと晒された


「よく聞いてね二人とも。僕は……僕は男だぁああああああああああああッ!?」


「「えぇえええええええええええええーーーーーッ!?」」


 あまりの衝撃的な事実に、佐々木も田中も驚愕を禁じえなかった。

 再びパニックに陥り、口がパクパクと動くだけで言葉が出ない。

 その間に一条は「じゃ、そういうことだから」と言い残して、一人平然と脱衣所を後にした。

 蒼井が男? 嘘だろ……

 中性的な見た目なんてものじゃない。小動物のように可愛らしくて、声も高くて、どう見たって普通の女の子で——


「ほら、よく見て!」


 そう言って、蒼井は勢いよくズボンを下げた。

 その下半身には、佐々木も田中もよく知るものがしっかりとついている。


「え? じゃあ、ほんとに?」


 未だ信じきれてない田中から確認が入る。


「そうだよッ! 心が、とかじゃなくて、僕は正真正銘の男だッ!」


 憤慨した蒼井はそのまま全裸になり、前も何も隠さずにズカズカと浴室へと入っていった。

 あそこまでされればもう嫌でも分かる。

 蒼井は——男のだ。


「佐々木……俺さ、新たな扉が開けた気がするよ……」

「…………そうか」


 田中はまた少し自分の世界を広げられたようだ。

 田中の性癖レベルがまた上がった。

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