第19話 そういうことにしておくね

 一条と蒼井と挨拶を交わし、そこから更に数人のバイトが合流。

 昼食を済ませ、午後からは若月祖父を中心に研修が始まった。

 話を聞いた感じでは、基本的に飲食店のバイトと変わりはないようだ。

 一通り店内の説明が終わり、バイト内でキッチンとホールのどちらを担当するか希望をとることになった。


「お前どうする?」

「んー、どっちでもいいかなー」


 早くも立ってるだけで汗をかく猛暑にやられたらしい。

 他学校の男子達のやる気はイマイチのようで、話が一向に前に進まない。

 そんな周囲を見て、緋川は呆れながら口を開いた。


「じゃあ、アタシ接客でいい? 飲食店のバイト経験あるから慣れてる」

「あ、それなら私も。ファミレスでバイトしてるし」


 緋川に続いて、一条もホールを希望する。


「おっ、なら俺も」

「ズルッ! じゃあ、俺もホールで!」

「俺も俺もー」

「俺も接客の方がしょうに合ってるかな」


 途端、「待ってました」と言わんばかりに気怠げだった男子達が次々にホールを希望し始めた。

 あからさまに色めき立った男子達を、佐々木はどこか冷めたような目で見る。

 緋川は言わずもがな、一条も相当な美人だ。お近づきになりたい気持ちは理解できるが、ここで、ではないはずだ。

 だが、男子達は一歩も引く気はないらしい。


「お前キッチンがいいって言ってたろ?」

「お前だって接客とか無理とか言ってたじゃん!」

「じゃあ、俺と橋本、横田、坂本と——」

「いや、勝手に決めんなし」


 やがて、少しずつ、確実に、男子達の声は大きくなっていき——


「これこれ。落ち着きなさい。バランスが悪くなっちまうわい」


 騒ぎになる前に、若月祖父が止めに入る。


「ま、でも、緋川さんと一条さんがホールを担当してくれるなら店も華やぐってもんだ。ここはじゃんけんか……なんだったら二人が他のホール担当を指名するってのはどうだい?」

「「じゃあ、佐々木玲くんで」」


 見事に緋川と一条の声が重なる。

 瞬間、グリン、と男子達が佐々木のいる方へ振り返った。


(いや、こわ)


 佐々木を思いっきり睨みつける男子達。

 そのまま「誰だよアイツ」「チッ、結局は顔かよ……」とヒソヒソと非好意的な呟きが沸いた。

 しかし、佐々木は気にも留めず——


「じゃ、俺ホールで」


 そう言って、緋川の隣に立った。

 そこから田中と蒼井が指名され、担当分けは終了した。


「うし! 緋川さん、一条さん、佐々木さん、田中さん、蒼井さんの五人がホール。他はキッチンとする。これから先の研修は別れて行い、終わったら清掃。連絡事項を伝えた後は自由時間だ。ほら、移動せい!」


 その場を即座にまとめた若月祖父に連れられて、キッチン担当が悔しそうに佐々木ら男子を睨みながら、ぞろぞろと移動していった。

 その際、佐々木の挑発するような笑みが視界に入り、更に眉が吊り上がったようだ。

 ホールには佐々木らと若月祖母が残った。

 

(やっちゃった……)


 目を伏せた緋川に、深い後悔の念が襲う。


「それじゃあ、早速始めましょうか」

「あ、あの!」

 

 緋川が一歩前に出る。


「すみませんでした。アタシの不用意な発言のせいで、騒ぎを起こしてしまいました」

「私もすみませんでした!」


 佐々木に続いて、一条も若月祖母に頭を下げる。

 決して思い上がっているわけではない。

 緋川も一条も、客観的に見て、自分の容姿が他より優れていることを自覚している。自分の発言が、さっきのように変に力を持ってしまうことがあるのも理解している。

 緋川も普段から発言に気を付けてはいた。

 だが、初めて友達と来た海で、今日ばかりはそのことを失念してしまっていた。


「いいのよー、別に謝らなくて。二人のせいじゃないんだから」


 若月祖母は怒ることなく、優しい笑みを浮かべる。


「むしろ感謝してるのよ? さっきおじいさんも言ってたけど、二人ともすごく美人さんだもの。表にいてくれれば、観光客の目を引いてくれること間違いなし。それが売上げにも繋がるわ。蒼井さんもとっても可愛らしいしね」

「あ、どうも……」


 お世辞に聞こえたのか、蒼井は微妙そうな顔をした。

 若月と同じく、緋川と一条のレベルが高すぎるだけで、蒼井も小動物のような可愛らしい顔をしているのだが。


「はい! じゃあ、この話はおしまいね? 研修を始めるわよ」

「はい!」


 緋川が気持ちを切り替えるように返事をした

 その後、ホール組の研修はとどこおりなく終了。

 掃除用具を持って、割り当てられた清掃場所へ行く。

 佐々木は蒼井とペアになり、屋外側を雑談しながら掃除をしていた。


「佐々木くんと一条って知り合いだったんだね。僕ビックリしちゃった」


 蒼井は僕っ娘だった。

 が、それも個性だと思って、佐々木は気にせず流した。


「俺と祥平……田中と緋川と一条は同じ高校だったんだ。しかも、三年は全員おんなじクラスだった」

「ほんとに!? すごい偶然だね」

「本当にな。世間はせまいってやつだ」

「あはは、まさしくそれだね。でも一条もだけど、緋川さんも大変そうだね」


 さっきの担当分けのことを言ってるのだろう。


「一条も告白の嵐なんだろ? スマホによく愚痴が届く」

「もう、まさにそれ。僕たちの通ってる大学って体育系だから男子の数が多くてさ。余計に大変そうなんだよね。緋川さんも似たような感じなの?」

「全く同じだ。本人は嫌がってるけど、『櫻大の氷の女神』ってあだ名がついてる」

「えっ!? 佐々木くん達って櫻大なの!? 名門じゃん!」

「普通だ普通。大した変わりはないって」

「いやいやいや! 本物のお嬢様とか御曹司だって通ってる大学だよ? もうその時点で普通じゃないって!」

「でも人様の迷惑かける奴はいる」


 そう……小金井のような。


「いろいろあったぽいね……」


 佐々木の話の言外げんがいから察したらしい。

 蒼井は詳しくは尋ねなかった。


「あ、そうだ」


 突然、蒼井はそう呟くと、佐々木の近くへ駆け寄り——


「ちょっと耳貸して?」


 つま先立ちをして、小さく耳打ちした。


「佐々木くん、さっきはありがとね」

「何がだ?」

「担当分けのとき、他の男子のこと挑発してたでしょ? あれって、僕達にヘイトが向かないようにしてくれたんだよね?」

「…………なんのことか分かんねぇ」


 一瞬の沈黙の後、佐々木はあさっての方を向いた。


「本当に? ねぇ、なんで目逸らすの?」


 逃がさないように、蒼井は佐々木が視線を逸らした方へ回り込んだ。


「いや、ほんとに。俺はそんな器用なことができる人間じゃねぇから」


 取ってつけたような理由。

 これでは蒼井を肯定しているようなものだ。

 だが実際のところ、蒼井の指摘は当たっていた。

 しかし、付き合いの長い田中ならまだしも、初対面の蒼井に指摘されるとは夢にも思っていなかった。

 

「そっか……なら、そういうことにしておくね」


 くすくすと、蒼井が含んだように笑う。


「っていうか、仮にそうだったとしても、蒼井が気にすることじゃねぇだろ」

「どうして?」


 蒼井が可愛らしく、コテン、と首を傾げた。

 綺麗なセミロングの黒髪が流れる。


「だって蒼井は——」

「おーい! 玲くーん!」


 女だろ、と言うより早く誰かから名前を呼ばれた。

 声のした方へ振り向くと、佐々木の視界に、日光で金髪を輝かせながら駆け寄ってくる一条の姿が映った。


「どうした?」

「悪いんだけどさ、こっち掃除すんの手伝ってくれない? 私の身長じゃ届かない所あってさ」

「分かった。俺と蒼井のとこ終わったから一緒にやるか」

「ありがとー、助かる」


 一条の担当は屋内側。


「あそこなんだけど……届きそ?」


 一条が指差したのは会計の後ろに配置されている棚の最上段。

 確かに一条の身長では、背伸びをして限界まで腕を伸ばしても届きそうにない。

 近くのテーブルには、棚から移動させたと思われる商品が並んでいて、丁寧に掃除していたことが伺える。


「よゆーだ」


 佐々木が腕を伸ばして、棚の最上段を雑巾で拭く。


「おぉー、さっすが玲くん! 昔っから頼りになるね!」


 一条は屈託のない笑顔を佐々木に向ける。


「昔からって……俺はお前の幼馴染か」

「私達の気の合いっぷりなら幼馴染って言っても過言じゃない!」

「過言だよ」

「ツッコミするどっ」


 なんとも肌が合ったやり取り。

 佐々木と一条の間には、気心が知れた仲が醸し出す特有の空気があった。

 それも普通の異性の友達では出せない……

 そんな二人を遠くから見ている女子が二人。


「理佐、顔怖いよ」

「だって……」


 若月が指摘すると、緋川は拗ねたように唇を尖らせた。

 

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