第9話 同じ

 その後——なんだかんだで誤解は解けて。

 佐々木と緋川と田中は、せっかくだから一緒に夕食をとる流れになった。

 配置は佐々木と緋川が隣、机を挟んで対面に田中だ。


「いやー、まさか緋川が青山だったなんてな。玲、お前ぶん殴られたりしなかった?」

「田中はアタシをなんだと思ってるの?」

「っていうか、このカレーうまっ! さすが玲の手作り!」

「人の話聞きなって……」


 大抵の人間とはすぐ仲良くなれる対話スキルを持ち合わせている田中。

 もう緋川と親しくなっているのはさすがの一言だ。


「作り置きしてあるやつだから、遠慮なく食ってくれ」


 佐々木たち三人は高校からの同級生だ。

 だが今日まで一緒に話したことも、食卓を囲んだこともない。

 こうして和気藹々としているのは、違和感でもあり、同時に嬉しくも感じる。


「それで『櫻大の氷の女神様』」

「その呼び方、嫌いだからやめて」


 田中の発言に対して、緋川はピシャリ、と言い放った


「おー、わりぃ。でもそんなに悪いもんなのか? このあだ名」

「知らない人からそう呼ばれるのは別にいいけど……親しい人から呼ばれるのは壁を感じる……」


 気恥ずかしいことを言っているのに、緋川は無表情。

 他意はない、ということを暗に示しているのだろう。

 まぁ、告白されたことは喋ってしまったんだが……


「おい、聞いたか玲……」


 プルプル、と田中が小刻みに身体を震わせる。


「祥平……?」

「親しい……俺、緋川に親しい人認定されてる……ッ! 緋川と出会ったあの日から苦節四年……ッ、遂に俺は、この次元まで到達したぞ! うおぉおおおおおおおお!」


 田中が感動の涙を流す。

 これまで田中にとって、緋川はまさに雲の上の存在だった。

 前に挨拶されたこともないと言っていたから大躍進だろう。 


「田中って、なんか残念な人だね。おバカっていうか……」


 冷めた目をした緋川からこっそり耳打ちされる。


「やかましいけど、いい友達だ」

「やかましすぎるでしょ……親しいって言っても、佐々木の事情を共有してる仲ってだけなのに」


 以前だったら、冷たい言い方に聞こえたかもしれない。

 だが青山として参加していた合コンでの言動を見てると、緋川も前進したように見える。

 そんな風に思った時、スマホの着信が鳴った。

 田中のスマホらしい。


「き、如月から!? ちょっと外出るわ!」


 田中は電話に出ると、そのまま玄関から外に出た。

 どうやら合コンのときに如月と連絡先を交換していたようだ。

 最低限の目標は果たしてたようだった。

 佐々木は二人きりになったところで、緋川に一歩踏み込んでみる。


「やっぱ、男子は苦手か?」


 驚いたように緋川が、ばっと佐々木を見た。


「……なんで分かったの? 顔に出てた?」

「逆に出てなさすぎて、表情が硬く見えたんだ。それに、合コンでの言動を見てれば察しはつく。多分、高校の頃より酷くなったんじゃねぇか?」

「……うん」


 佐々木と緋川は同じ高校に通っていて、三年生のときはクラスも一緒だった。

 緋川と同じクラスになって実感したのは男子からの人気度。

 告白は勿論、移動教室するだけで他クラスからは注目の的。根も葉もない噂や中傷なんて日常茶飯事だ。

 緋川は身を守るために女子への対人能力は高まったが、男子に対する不信感は募るばかりだった。

 そして大学は高校に比べ、フィールドが広く、自由がきく。

 何をするにも基本的には自己責任だから先生の目も厳しくない。にも関わらず学生の人数は多く、良くも悪くもいろんな人間がいる。

 必然的に緋川に迷惑をかける人間だって多くなる。

 それもより悪質に……だ。


「ごめん……田中のことが嫌いなわけじゃないんだけど……」

「分かってるよ……親しい仲って言ってたじゃねぇか。緋川も少しこじらせてるだけ。俺と一緒だ」

「あはは……偉そうなこと言ってたくせに慰められるなんて……なんか情けないね、アタシ……」


 緋川が沈んだ顔をする。

 そんな顔しないでくれ……そう思った時——


「緋川は情けなくなんてねぇよ」


 気付いたら、佐々木は緋川の頭の上に手を置いていた。

 僅かに表情はやわらいだものの、まだ硬い。


「でも……」

「でもじゃねぇ。緋川は俺の言ってること信用できねぇか?」

「そ、その言い方は……ズルい……」


 確かに強引でズルい。

 だが謝るつもりなどない。


「今の俺じゃ説得力ないかもしれねぇけど……もし必要なら、俺は緋川だって助けてみせるぞ?」


 芝居がかった台詞を、あえて真顔で言ってみる。

 すると、さっきまでの沈んでいた顔から一転——


「あははっ、何その台詞、臭すぎでしょ」


 緋川は輝かんばかりの笑顔を浮かべる。

 冗談が通じたようで、大火傷をせずに済んだ。

 今日は緋川の負担が一番大きかった。

 これで釣り合ってるとは思わないが、こんぐらいのことはしなきゃな。


「ははっ、なんか俺も偉そうなこと言っちまったわ。恥ずいからトイレ」


 佐々木は緋川の頭から手を離し、座椅子から立ち上がる。

 慣れないことをした上にいたたまれない。

 佐々木は逃げるようにトイレに向かった。




「ありがとう、佐々木。でもアタシ……もう十分佐々木に助けられてるんだよ……?」


 一人残された緋川が呟く。

 男子は苦手だ。

 大学に入ってから、それは克服するどころか、もっと酷くなってしまった。

 

(でも疑問に思わなかった? 男子が苦手なアタシが、どうして佐々木のこと好きになったのか……)


 緋川は佐々木を高三で同じクラスになるまで知らなかった。

 気にも留めたことがない。

 そんな佐々木を意識したのは、高三の夏休み明け。


 ——あぁ、見つけちゃった……


 そう思ったとき、緋川は恋に落ちた。

 口説かれたわけでもなく、話すようになったわけでもない。

 その時の佐々木を、一方的に見つめていただけ。

 

「大丈夫。かっこ悪くても……情けなくても……アタシは逃げない」


 だって、アタシの大好きな人もそうだから……

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