第6話 また明日
「惚れ、させる……?」
理解が追いつかず、思わず聞き返した。
「最終的にはって話。そもそも佐々木が恋愛できないなら色々と意味ないし……『過去は過去にして、前に進む』っていう話、アタシも協力する」
どうして……と聞くのは野暮だろう。
緋川は何度もその答えを伝えてくれている。
「さっき佐々木のことを支えるって言ったでしょ? アタシは自分の言ったことに責任を持つ……そして行動する。それに目的を達成するのに女子の協力は必要不可欠じゃん」
「そりゃそうだけど……いいのか? たとえ目的を果たしたとしても、辛い思いをするだけかもしれねぇぞ?」
前へ進む、という漠然な言葉で言い表しているが、それは最終的に佐々木が恋愛ができるようになることを指している。
そして、成功を手っ取り早く確認する方法は、佐々木が誰かに惚れたとき。
緋川が言った「惚れさせる」という言葉はこのことからきているんだろう。
だが、どれだけ緋川が献身的なサポートをしたとて、それで佐々木が彼女を好きになるかどうかは別問題。
気持ちをコントロールして、誰か好きになることはできない。
たくさん頑張ったのに、結ばれたのは自分じゃなかった……という展開になることは十分にあり得ること。
それはあまりにも酷だと言うものだ。
なら、変に期待を持たせるよりも、ここで諦めてもらった方が互いのため。
「別に。そんときはそんときっていうか、それはアタシの問題じゃん。もしかしたらあまりのヘタレっぷりに、途中で佐々木のこと幻滅するかもしれないし…………まぁ、ありえないけど」
最後の方はよく聞き取れなかったが、緋川がそう言うなら佐々木の方からとやかく言う筋合いはない。
「そういうことならよろしく頼む。緋川が協力してくれるなら心強え」
「こちらこそよろしく……って握手はダメか」
緋川は握手をしようとして出した手を慌てて引っ込める。
「いや、握手は大丈夫だ」
「ン、そうなの?」
「ああ。発作が出るのは、あくまで強く性を感じた時だけだったからな」
「あー、それ。その強い性ってどういうこと? どこまではセーフで、どこからがアウトなのか具体的に分かってる?」
「そこはかなり漠然としてる。なんせ、この五ヶ月間ろくに女子と接してこなかったからな」
「全くなかったわけじゃないんだ……じゃあ、それは追い追い確認するとして……もう遅いし、今日は帰ろっか。一緒に」
「だな、家の近くまで送る」
佐々木と緋川はベンチから立ちがり、人通りの少ない表通りを並んで歩く。
緋川からの前回と今回の熱烈な告白もあってか……少し気まずい空気が流れる。
なんとなく、佐々木はチラッと緋川を見た。
「…………」
やはり氷の女神。
マスクがなくても、その顔はひどく冷静で、一切の感情を読み取らせてくれない。
「なぁ緋川」
「ン……?」
「合コンで言ったこと大丈夫なのか?」
「合コンで言ったこと?」
「会場から出るとき、俺と抜けるって言っただろ? それ、事情を知らない皆からすれば、緋川が俺を持ち帰ったように見えたと思うんだけど」
「あ……」
どうやら失念していたようだ。
だが、緋川は青山として参加していたため、佐々木が男子に恨まれるようなことはないはず。仮に変な噂がたったとしても緋川に何か実害が及ぶことはない。
問題は参加していた女子達だが。
「ま、二人で何もなかったって言えば特に問題ねぇか」
「そ、そうだね」
「そういえば、なんで緋川は偽名を使って合コンに参加してたんだ? 訳があるって言ってたけど」
「あー、実はアタシ代打で参加しててさ、本来参加するはずだった子が風邪引いちゃったんだよね。で、詩織……若月に頼まれて参加することになったんだけど、緋川で行くと合コンになんないから、変装して偽名を使うことにしたってわけ。こんなことになったけど、アタシ合コン自体は全然どうでも良かったし」
合コンにならない、か。
「待て。それならなんで若月は変装しないんだ? あいつは『陽の女神』だろ?」
「詩織の人気は種類が違うの」
「種類?」
「詩織は男子も女子も分け隔てなく接するから、どっちかっていえば、友達っていう感覚なんだと思う」
「なるほどな」
決して若月のレベルが低いわけではない。陽の女神と呼ばれているのがその証拠。人気のベクトルが違うだけで、むしろ人望という点では緋川以上だ。
だが距離が近く、誰でも公平に接するからこそ、自分は若月の特別ではないのだと実感できる。もちろん全員がそうというわけではないが。
「青山の正体が緋川って知ってるのは若月だけか?」
「……ン。アタシ、如月さんと小野田さんとはそこまで仲良くないから。若月が困ってたから、数合わせで参加しただけ」
「俺と似たような感じか」
「でも佐々木がいたのには驚いたし、すごいイライラした。絶対シバいてやるって思ってた」
「なんとなくそんな気はしてた……」
あの時点では、緋川は事情を知らなかった。
嘘をつかれたと思って怒るのも無理はない。
「あと今回の件で、男子から一緒に合コンに参加してほしいって誘いが増えると思うから、気をつけた方がいい思う」
真剣な面持ちで、緋川が忠告する。
「それまたどうして」
佐々木がポカン、としていると、緋川は何かを察したような顔をした。
「そっか……高校の時ならともかく、今は違うもんね。アタシが言いたいのは、合コンで女子を釣るための餌にされるかもしれないってこと」
「俺が餌に? まじで?」
「合コンで如月さんと小野田さんにされたこと思い出してみて。あーいう扱いを受けるぐらいには、佐々木は女子の間で人気だし……別に、合コンに誘われても参加するなとは言わないけど……アタシ的には……その、自重してほしいって言うか……あ、あと……」
なぜか緋川の歯切れがどんどん悪くなっていく。
さっきまでの冷静はどこいった?
「なんだ?」
「えっと……その……今みたいに前髪を上げるの、学校じゃしないでくれない……?」
「え……そんな似合ってない?」
「ち、違う!」
緋川が強い口調で否定する。
「そうじゃない……そうじゃなくて……その……」
もごもごと言い淀む緋川。しばらくして——
「カッコよすぎて……ヤバい、から……」
言った瞬間、かあっ!、と緋川の顔が耳まで真っ赤になった。
「えっ……あっ……何言ってんだろ、アタシ……っ! も、もう帰る! また明日!」
くすぐるような羞恥の声を出して、緋川は逃げるように帰っていった。
家の近くまで送るつもりだった佐々木だが、さすがに追いかける気はしない。
それにしても、緋川はストレート勝負しかできないのだろうか。
モテモテなのは知っているが、誰かと付き合ったって話は聞いたことがない。もしかしたら、意外に緋川は恋愛下手なのかもしれない。
「仕方ない、俺も帰——って、ん?」
また明日……?
緋川の言葉が引っかかった。
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