009

「ただいま帰りました」

 

 迎えの車に乗っていた、運転手以外の3人。

 俺とポピー。そして、相変わらず名前を知らない黒服。

 

「よくこんな時に寝られるな」

「それがお嬢様ですので。私どもは慣れてしまいました」

 

 これから他家で暮らすことになり、その1歩目を踏み入れるところだと言うのにポピーは爆睡している。

 黒服は慣れたとか言っているが、これは慣れで済ませていいものなのだろうか?

 無防備なポピーの鼻でもつまんでやろうかと考えていると、父の書斎のドアが開いた。

 

「おかえりレボルフ。そしていらっしゃい、ポピー家のご令嬢」

「はい父様。ところで、今日はやけにお早いのですね」

 

 今はまだ15時を少し過ぎた頃。

 おやつの時間に父が帰っているのなど殆ど見ない。

 

「多くのお客様が来るからね。当主が不在というわけにもいかんだろう」

「なるほど。それで、もうポピーのご両親はいらっしゃるのですか?」

「ああ。十数分前に到着したところだよ。君は、ルーナ嬢の側仕えかな?なら一緒に来るといい」

 

 黒服は静かにお辞儀をすると、廊下を歩く父の後を追って行く。

 

「なあ破壊、いるか?」

「うん?どしたの?」

 

 妖精という目で見るには少々厳しい存在。

 それを知ってからというもの、俺には気になっていることがある。

 

「うちに、他の妖精はいるのか?」

「んー、まだ全部見たわけじゃないからあれだけど、今見える範囲にはいないよ。いるとしたら、普段誰も入らないような、そんな場所だね」

 

 今すぐのこの場にはいないと知って少しだけ安心。

 命を吸い取る存在と知らず知らずの内に同居してました、なんてことであれば怖すぎる。

 

「後で部屋を全部回ろう。隅々までチェックしてくれよ」

「うん、分かった」

 

 ポピーもいることだし、ここを安心できる場所にしないといけない。

 今の俺はそれしか考えていなかった。

 

 

「やあやあ始ましてだね。君がブルーデイジー公のご子息か!うちのルーナとも仲良くしてくれているようで、ありがとうね」

「は、はぁ」

 

 父に案内された応接室の扉を潜ると、知らない男の人、いや、知ってはいる男の人から猛烈に握手された。

 

 ポピー製薬会社のトップ。

 CMでみる堅苦しい雰囲気とは大分違うが、そうか、この人がポピーの父親か。

 

「うんうん。へぇー、なるほどなるほど」

 

 掴まれていた手が開放されたと思いきや、今度は俺の周りを回ってジロジロと。

 何がなるほどなのだろうか。

 

「君がブルーデイジー、おっとレボルフ君ね。実はルーナがね、よく君のことをはな――」

「ちょっと!パパはもう黙ってて!!」

 

 父親が全てを言い切る前に、いつの間にか起きていたポピー、元いルーナに叩かれた。

 なんだか勘違いしそうな事を言われた気がするが、そもそも学校でも寝てばかりのルーナだ。

 俺とアルス以外の誰かと話している姿なんて見たことも無い。

 そうなれば必然、家に帰っても出てくる話題など知れている。

 俺だってバカでは無いのだ。それくらい分かる。

 

「みんなまだ名前も言ってない!しっかりしてよね!」

「確かにそうだ。ごめんねレボルフ君。私は、もう分かっているとは思うがルーナの父。ルーカス=M・雛芥子ポピーだ。よろしく」

「レボルフ=T・瑠璃雛菊ブルーデイジーです。よろしくお願いします。しかし……」

「しかし?」

「あ、いえ、やっぱりなんでもないです」

 

 ルーナって家族の前ではあんな感じなのか、という言葉はしまっておいた。内と外でキャラが違う人など大勢いるだろうし。

 

「では、次は私ね。ルーナの母、グレース・ポピーよ。よろしくね」

「はい。よろしくお願いします」

 

 ルーナの学校でのあれは母親譲りだろうか。

 こちらはルーカスさんとは違い、とてもおっとりとした印象を受ける。

 

「あなたも名乗っておきなさい。これから長い付き合いになるでしょうから」

「はい、奥様」

 

 グレースさんは早々に下がり、黒服に番を回す。

 そう、帰り道ずっと一緒にいたあの黒服だ。

 

「ユキ、と申します。私に家名はございませんので、何かご用命の際はそのようにお呼びください」

「ああ、うん。よろしく……」

 

 ここは現代なのだ。

 昔ながらの、貴族でなければ家名が無いというファンタジー世界では無い。

 それでも彼女、ユキには家名がないと言う。

 聞いてもいいものかと躊躇していると、それを察してか自ら語り始めてくれた。

 

「私がまだ小さかった頃、両親に捨てられたそうなのです。雪が降る寒い日でしたので、その時の記憶も朧気ですが。そんな時にグレース様に拾って頂き、ユキという名前と共に新たな人生を歩み始めた次第でございます」

「そう、だったのか。こんな時なんと言ったらいいか……」

「いえ、お気になさらないで下さい。ポピー家の方々はこんな私にも優しく接してくださるので、とても充実した日々を過ごせていますから」

 

 そうか。だからルーナともあんなに心の距離が近いように感じたのか。

 彼女の悲しい過去を塗り替えるほどに、幸せな日々を過ごせているようで何よりだ。

 

「後何人か使用人がいるが、その者たちまで覚えておく必要は無いね。さて、ではそろそろうちの娘を救ってくれた妖精と会ってみたいのだが、何処に?」

「あ、はい。そうですね。

 破壊、どこだ?出てきてくれ」

 

 …………

 

「あれ?帰ってきた時はいたのに。おーい、破壊!」

 

 俺が声を上げても、廊下で叫んでも、破壊の声が聞こえることは無かった。

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