第16話 売人の検挙

 夏目の親父からもらったメモの住所は、歌舞伎町の廃ビルだった。

数年前までは、飲食店などが何店舗か入っていたが、半年前に全部潰れている。


 それからは、半グレなどの質の悪い連中の溜まり場と化していた。


「さてと、やりますか」


 売人がどんな人物か分からないので、俺は警戒する。

本来なら、数十人で取り掛かる事件だが、今は俺1人である。

どこまで出来るか分からないが、やるしかない。


「20時か」


 俺は腕時計で時間を確認する。

情報によれば、そろそろ取引があってもおかしくない時間だ。


「先輩、先輩」


 後ろから肩を叩かれた。

振り向いたら、そこには隆也が居た。


「遅いよ。もうそろそろだ」


 1人では連行するのにも苦労すると思って、あらかじめ呼んでおいた。


「いくら、警察庁の公安だからって直電で呼びつけるのやめてもらっていいですか?」

「今の俺にはお前くらいしか信用できる人間はいないんだよ」

「それじゃあ、俺も本庁に呼んでくださいよ」

「呼ばれたいんなら検挙実績上げることだな」


 俺たちは物陰に隠れて、中の様子を伺う。


「先輩、あれ……!」


 そこには、黒のフードを深く被った男がいる。

おそらく、ヤクの売人だろう。


「まだだ、ブツを受け渡した所を現行犯で逮捕する」

「了解です」


 しばらくすると、1人の少女が現れた。

背格好からするに、まだ高校生かそこらだろう。


 フードの男は金と引き換えに、錠剤が入った袋を渡した。


「よし、行くぞ! お前は客の方取り押さえろ」

「うっす」


 俺たちは廃ビルの中に突入する。

出入り口はあらかじめ封鎖していたので、ここしか逃げ場はない。


「はい、警察だ。2人とも動くな!」


 俺は警察手帳を掲げて言った。

薬を買った女の方は大人しく捕まってくれた。


 しかし、売人の方はそうはいかないようである。

懐から、ナイフを取り出した。


「あ、やっぱり?」


 俺は、売人と対峙する。


「先輩!!」

「こっちはいい! 彼女のこと守れ!」

「はい!!」


 売人の男は、何も言わずにナイフを持って突っ込んでくる。

俺はそれを半歩移動するだけで躱し、腕を掴んで投げ飛ばした。


 その衝撃でナイフは吹っ飛んでいく。

そして、俺は手錠で拘束する。


「先輩、さすがっす」

「連行するぞ。彼女も連れて来い」

「了解です」


 廃ビルを出ると、俺たちは隆也の運転する警察車両で新宿警察署へと向かう。

男の方はそのまま取り調べ、女の方は事情聴取となった。


「あと頼むぞ」


 俺は、取り調べを隆也と新宿警察署生活安全課に任せた。

女の方の事情聴取は同じ女の警察官のら方がいいとのことで、紗季が担当することになった。


「狩谷さん、栗田署長がお呼びですよ」

「分かった。ありがとう」


 俺は署長室へと向かう。


「失礼します」

「いやいや、呼び出してすまなかったね」

「いえ、お気になさらず」


 新宿警察署長、栗田透。

元々は新宿警察署刑事官として配属されていたキャリア組だ。

それが、警視庁捜査一課の管理官、理事官の経験を経て、ここ新宿警察署の署長に出世して戻って来た。


 優秀で理屈っぽい性格から厳しい一面もあるが、狩谷真人の捜査能力には一目置いている。


 俺が、新宿で自由に動けるのもこの署長があってのことだ。

俺の数少ない理解者の1人と言うわけである。


「それで、わざわざ俺を呼び出したってことはお説教ですか?」

「いやいや、その逆だよ。まあ、座ってくれ」

「はい、失礼します」


 俺はソファーに腰を下ろした。

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