第10話 もう一つの職場
俺は、通話を終了させると、瑠璃の方に向き直る。
「じゃあ、行こうか」
「行くってどこにですか?」
「俺のもう一つの職場さ。ついて来て」
俺は瑠璃と一緒に歩き始める。
「先生ってやっぱり優しいんですね」
歩きながら瑠璃が言った。
「そうか?」
「そうですよ。だって、普通なら無理矢理でも帰らせる所を、ちゃんと事情を聞いて相談に乗ってくれたんですから」
「まあ、事情が事情だしな」
俺はこの仕事柄、行き場の失った中高生は何度も見てきた。
その全てに助け舟を出せた訳ではない。
しかし、そういう若者を社会全体でどれだけ救い上げられるか。
それが、未来の治安の維持につながっていくのではないだろうか。
「ここです」
歌舞伎町から数分歩いて、目的地に到着する。
警視庁新宿警察署、俺のもう一つの職場である。
新宿区はこの新宿警察署が管轄する。
「入るよ」
「は、はい」
俺は瑠璃を連れて署内へと入った。
署員は大体顔見知りであるので、疑われる事はない。
そのまま、階段を階段を上がって着いたのは、生活安全課である。
「あれ、先輩何かあったんすか?」
隆也が先ほどのいじめの事件の後処理をしていた。
「今日、紗季ちゃんいるか?」
「ああ、いますよ」
「呼んでくれるか?」
「了解っす」
数分後、隆也と女性警官が一緒に歩いてきた。
「お久しぶりです狩谷さん」
「ああ、久しぶり。悪いんだけど、瑠璃の相談聞いてやってくれないか。ちょっと訳ありで男の俺よりも、紗季ちゃんみたいな子がいいと思ってな」
彼女は、青山紗季。
ここ、新宿警察署生活安全課の所属である。
警察官でありながら、心理カウンセラーの資格を持っている、ちょっと変わった肩書きの持ち主。
まあ、それ以上に特殊な俺が言えた事ではないがな。
「わかりました。瑠璃さん、こちらへどうぞ」
「彼女は俺が一番信頼してるカウンセラーでもあるから大丈夫。思い切って吐き出してきな」
不安そうに俺を見つめていた瑠璃に、俺は安心するように促した。
「わかりました。行ってきます」
瑠璃は紗季と一緒に隣の個室へと入った。
「先輩、あの子先輩の学校の子ですよね?」
様子を見ていた隆也が言った。
「ああ、ちょっと色々複雑な事情を抱えてるみたいでな。どうにかしてやりたいんだけどな」
「先輩が家出少女に肩入れするのって、やっぱりあの事件があったから……」
その質問に沈黙が流れる。
「すみません、やっぱなんでも無いです」
隆也は触れてはいけないことに触れてしまったかのように話を切り上げた。
「そうだ、先輩、今って時間あります?」
「ああ、紗季ちゃんのカウンセリングが終わるまでは居るつもりだ」
「じゃあ、ちょっと先輩に相談があるんすけどいいすか」
「聞くだけならな」
現在深夜の1時前。
カウンセリングが終わるまではあと30分以上はかかるだろう。
俺は、隆也の相談を聞くことにした。
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