第9話 虐待の事実

 俺は、夜回り中に生徒と出会し、助けを入れたら正体がバレてしまった。


 しかも、その相手は学校でも美人と噂になるほどの生徒、綾波瑠璃だったのだ。


「先生が警察ってどういう事なんですか?」


 俺はさっき警察手帳を出してしまっている。

警察官でもあり、教師でもある俺は特殊な存在である。


 それを疑問に思うのも当然であろう。


「バレちゃったから、仕方ないな」


 俺は簡単に事情を話す。

俺が、元警察官であった事、今は警察と教師の二足の草鞋だという事。


「まあ、これは出来たら他の生徒には秘密にしてくれたら助かる」

「そういう事情ならもちろん、誰にも言いませんよ」

「助かる。それにしても良く俺だってわかったな」


 いつもはボサボサの髪に黒縁メガネをかけて、インキャの模範解答のような姿である。


「あの時、自販機でぶつかった時に、ちゃんと顔見ましたから」

「ああ、なるほど」


 そういえば、あの時はかなり距離が近くなってしまっていた。

あの距離なら、俺の素顔を見ていたとしても納得できる。


「でも、他の子は今の先生見ても、あの狩谷先生だとは誰も思わないでしょうね」

「そうだよね」

「ずっと、その姿でいたらいいのに。きっと人気出ますよ。イケメンなのに勿体無い」

「学校はインキャのままかな。こっちの仕事に支障が出る」


 俺の仕事は、あくまでも陰から生徒たちを守ることにある。

まあ、こんな簡単にバレてしまったのだが。


「さて、次は瑠璃の事だが……」


 そういうと、瑠璃はシュッとした。


「心配しなくても、怒る訳じゃない。訳を聞かせてくれるか? こんな時間にこんな所にいた」


 瑠璃は学校では優等生の方である。

その瑠璃が進んで夜遊びをするようには思えない。

きっと、それなりの事情があるのだろう。


「家はどうした? 帰るなら、送って行くぞ」

「帰りたく、ないんです……」


 そう言って、瑠璃は小さく体を震わせた。

長袖のワイシャツからチラッと覗いた手首にはあざのようなものがあった。

それだけで、なんとなく想像はできる。


「お前、暴力とか振るわれているのか?」

「それもあります。あと、寝ている時に勝手にお父さんが入ってきて、襲われたことも……」


 俺が想像していたものよりもさらに酷かった。

性的な虐待まで受けているとなると、肉体的だけでなく精神的にも大きなダメージとなる。


「今日は、帰らなくていい」

「え?」


 俺の言葉に驚かされたように声を上げる。


「その代わり、俺に保護されろ。これでも警察官だ。色々つてはある」

「いいんですか?」


 こんな時間に歌舞伎町に置いておけないし、なおかつ家に帰すのも危険な状態だと判断した結果である。


「世の中にはな、ダメな大人もいるが、ちゃんとした大人もいる。まずは、1人で抱え込む前に行政や福祉を頼れ」


 家族間のストレス、住居や経済的な問題、親子の孤立など様々なことが虐待のトリガーとなってしまう。

子育てをする中で生じる不安や寂しさという感情は決して特別なものではない。

 

 時には、虐待をしている親自身が悩み、虐待をやめたいと望んでいる事もある。

虐待をする親と子どもの周りには、周囲の温かい支えが必要なのだ。


「ありがとう、ございます……」


 瑠璃は涙目になっていた。


「気にするな。ちょっと待ってな」


 俺はスマホを操作して連絡を入れる。

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