第3話 再任用の話

 あれは、俺が教師になって2年目の時の出来事だ。


 ある日、理事長に呼び出された。

俺は、元々理事長と知り合いで理事長の鶴の一声で採用された身だった。


 理事長室へと赴くと、そこには見慣れぬ男性の姿があった。


「この度は、急なご訪問となってしまい、申し訳ございません。私、こういう者です」


 その男性は懐から名刺を取り出すと、俺に手渡してくれた。


「頂戴します」


 その名刺には『警察庁 長官官房人事課長』という肩書きと共に『小山田隆史』という名前が書かれていた。


 警察庁の長官官房人事課長ともなれば、エリート中のエリートである。

そんな人が理事長と繋がっているのは、まだ分かる。


 しかし、小山田さんは俺に用があるというのだ。

この時、少し嫌な予感はした。


「そんなお偉いさんが、私なんかにどういったご用でしょうか?」

「狩谷真人さん、あなたの噂は警察庁にまで届いていますよ。元神奈川県警捜査一課の切れ者で数多くの事件を解決に導いていらっしゃる」


 確かに、その通りである。

俺は、教師として採用される前は神奈川県警の捜査一課に所属していた。


 しかし、ある事件をきっかけに俺は刑事の職を辞したのだ。


「昔のことです。今はただの先生ですよ」

「ご謙遜を。神奈川県警に狩谷ありとまで言われた方が」

「それこそ、昔の話です」


 県警にいた頃は『捜一の鬼』や『県警の魔物』と呼ばれていた。

狩谷が捜査に加わればどんな事件も解決する。

上層部にも一目置かれている存在だった。


 しかし、それも過去の話である。


「それで、ここからが本題です」


 俺は、無意識に姿勢を正した。


「今回、異例中の異例の人事となりますが、警察庁の公安課に再任用される気はありませんか?」


 小山田人事課長の口から、とんでもない言葉が飛び出した。


「あの、それにはどういう意図があるのでしょうか? 私の他にも優秀な警察官はたくさん居るはずです」

「確かに、優秀な人間は他にもいます。しかし、狩谷さん以上の適任が見つからなかったのです」


 いくら、県警での実績が認められたからとはいえ、警察を退職している人間に警察庁へ来いという辞令が出るのは明らかに異例である。


「表向きは教師として働いていただきます。しかし、裏では生徒と国家を守る公安の捜査官として働いてほしいのです」


 近年、学校で起こるトラブルは、学校だけで解決できるものでは無くなっているという。

それを、教育委員会や警察上層部は危惧しているのだろう。


 今や、学校で起きたトラブルに警察が介入するというのも珍しくは無い。

ちょうどいいところに実績のある元警察官がいたということだろう。


「理事長はいいんですか?」

「私としては何の問題も無い。君のような存在が生徒を守ってくれるのなら心強い。それに、君みたな人間が今の警察には必要だと思うよ」


 理事長の許可はすでにも貰っているということだろう。

抜かりは無い。


「少し、考えてもいいですか?」

 

 この時の俺はすぐに結論を出せなかった。


「もちろんです」


 そして、そこから数日が経過した。

俺は、教師として生徒を見守っている。


 生徒たちは笑顔で心の底から青春を楽しんでいるように見えた。

まだ、この子たちには輝かしい未来が待っていることだろう。


「守ってみてもいいかもな。この子たちの笑顔を」


 こうして、俺は教師と公安警察という二足の草鞋を履くのであった。


 これが、教師刑事の誕生秘話である。

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