第11話 運命の相手 ※アーノルトside

 王城の庭園で開かれたティーパーティーの終わり。

 先ほどまで降っていた雨でぬかるんだ道を、リアナ嬢の手を取ってエスコートして歩いた。


 馬車が停めてある場所まで、あと少し。短い時間で終わるような共通の話題も特になく無言で歩いていると、リアナ嬢の方から話しかけられた。



「アーノルト殿下」

「……はい、何でしょうか。リアナ嬢」

「私たちの、その……婚約のお話ですが、正式に進めて頂くように父にお願いしました」

「そうですか」

「はい」



 幼馴染同士ではあるが、実はリアナ嬢とは幼い時以来ほとんど顔を合わせたことがない。幼馴染同士の初恋成就に興味津々のクローディアには申し訳ないのだが、やはり私たち二人の間にあるのは、『政略結婚』という関係性だけだ。


(――いや、リアナ嬢は私の運命の相手。これから彼女と共に長い時間を過ごせば、お互いに気心知れて愛情を感じることもあるだろう)


 私はリアナ嬢の方を向き、微笑んでみる。

 先ほど雨に濡れて脱いだ兜を、もう一度被った状態で。


 リアナ嬢と結婚すれば、イングリス王家はヘイズ侯爵家の後ろ盾を得る。ヘイズ侯爵家は王家と縁戚関係になることで力を得る。

 多くの貴族の結婚がそうであるように、我々の結婚はお互いに利のある政略結婚だ。


 どうせ私にかかった呪いを解くために誰かを利用しなければならないのなら、将来共に歩むはずのリアナ嬢に頼るのが最も合理的な道だ。


(彼女は私の運命の相手。今はお互いに気持ちはなくとも、リアナ嬢を選んだことを後悔することはないはずだ。そしてそれは、リアナ嬢の方も同じだろう)


 どこか上の空の私の気持ちが通じてしまったのか、リアナ嬢は今にも泣きだしそうな悲しい面持ちで、兜に包まれた私の顔を見ている。



「殿下には他にもたくさん婚約者候補の方がいらっしゃいますよね? それでも私でよろしいのですか?」

「もちろんです。私はこのイングリス王国の王太子。ヘイズ侯爵が味方について頂ければ、これ以上心強いことはありません」

「つまり、私ではなくヘイズ侯爵家との関係が必要だと。そういうことでしょうか」



 痛い所を突かれた私は、その場で歩を止める。

 リアナ嬢に対して後ろめたい気持ちがないと言えば嘘になる。しかしそれは、リアナ嬢やヘイズ侯爵家も同じだろう。


 改めて問われると、何と返事をすれば正解なのかが分からない。


 黙っている私に呆れたのか、リアナ嬢は「馬車をこれ以上待たせられないので」と言って私の腕を放した。馬車が見えなくなるまで見送って一度大きくため息をつくと、うしろからガイゼルの声がする。



「殿下。リアナ嬢の件、調べてきましたが」

「……どうだった?」

「ヘイズ侯爵家と同様に殿下の婚約者候補として挙がっているグラインド伯爵家とボールド公爵家からの聞き取りの結果です。グラインド伯爵令嬢が先日王都で暴漢にあって軽い怪我をしましたが、捕えた犯人の男とリアナ嬢と思しき女性が話をしているところを見たという目撃情報が多数あります」

「リアナ嬢が暴漢を雇って、ライバルであるグラインド伯爵令嬢を襲わせた……という風に見えるな」

「その通りです。ボールド公爵家についても、同じような件が発生しています」



 ここのところリアナ嬢に関する良くない噂が、国王陛下の元に寄せられることが増えた。リアナ嬢が私の婚約者の筆頭候補だと言われ始めてから、特に目立つようになった。


 初めはヘイズ侯爵家をやっかむ輩の謀略かと思っていたが、よく聞けば皆、リアナ嬢本人の姿を目撃していると言う。これでは、誰しもヘイズ侯爵家を疑うのは当然だ。



「殿下。こうして集めた情報をそのまま殿下にお伝えしていますが、俺自身はリアナ嬢がそんな悪事を働く方だとは思っていません」

「同感だ。しばらく疎遠だったとは言え、リアナ嬢は私ともガイゼルとも幼馴染という仲。いくら私の婚約者の座におさまりたいと望んでいたとしても、卑劣な手を使うようなご令嬢ではない……と思っている」



 再び空を覆い始めた雨雲に押されるように、私とガイゼルは二人並んで城に向かって歩き始める。



「今日、クローディアのことを穴が開きそうなほど睨んでましたけどね」

「リアナ嬢が? クローディアを?」

「そうですよ……彼女、よほど殿下に懸想してらっしゃるんでしょう。殿下の呪いを解くことだけを考えれば、悪いことではありません」

「しかし、クローディアに迷惑をかけるわけにかいかない。彼女はわざわざ王都まで出てきて、私を助けようとしてくれているんだ」

「クローディアは迷惑だなんて思っていないのでは? 何も考えてなさそうですし」



 雨が降るから早く城に入りましょう、と言って、ガイゼルは私の背中を押した。

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