第12話 聖女ローズマリー

 ティーパーティーの日から数日経った日の朝。

 私とアーノルト殿下は馬車に乗り、とある場所に出かけていた。


 行き先は、イングリス川沿いに広大な敷地を持つイングリス大神殿。海に面した大神殿の本殿のほか、私が以前過ごしていたような聖女候補生たちが暮らす修道院、司祭様たちが学ぶ学殿院などが建ち並ぶエリアだ。


 先日私が目にした通り、アーノルト殿下の胸に刻まれた呪詛文字は日に日に大きくなっている。今日は解呪の方法を見出してくれた聖女ローズマリー様に、呪詛文字の状況を診てもらうのだそうだ。


 ついでに、殿下の運命の相手が見つかったという報告もするらしいのだが――。


(運命の相手がリアナ様だという嘘が、ローズマリー様に見抜かれなければよいのだけど……)


 殿下に嘘をついているという罪悪感が、いつも以上に心に重くのしかかる。

 

 聖女ローズマリー様は、このイングリス王国の中でも最も強い魔力の持ち主だ。

 魔力というものは、使いようによって良い方にも悪い方にも向いてしまう危うい力。だから魔力を持った人材は若くして聖女候補生として神殿に入り、魔力のが悪い方向に働くことのないように厳しい教育を受ける。


 ローズマリー様はその最たる例で、幼い頃から修道院で厳格に育てられた超エリートだ。魔力の強さを考えても、いつこの国の筆頭聖女となってもおかしくない存在だと言われている。


 仲良しのローズマリー様と再会できる喜びが半分、その強大な魔力で私の嘘を見抜かれるのではないかという不安が半分。

 そんな複雑な気持ちで、私は馬車に揺られていた。


 馬車を降りて神殿に入ると、私たちはその足で修道院に併設されている小聖堂に向かう。聖女候補生になったばかりだと思われるあどけない少女に案内されて、私たちは小聖堂に入る扉を開いた。



「アーノルト殿下、御無沙汰しています。お体はいかがですか?」



 扉の開く音に振り向いた女性は、間違いなく私の知る聖女ローズマリー様だった。ヴェールの端からこぼれ落ちるのは、豊かで美しい黒髪。まるで人形のように愛らしい顔立ちは、もし髪の色が銀色であれば見間違えてしまいそうなほどに、リアナ様と瓜二つだ。


「リアナ嬢……じゃなかった、聖女ローズマリー嬢」


(ほら、早速間違えてる人いるし)


 ローズマリー様のお名前を間違えたアーノルト殿下は、兜の中で申し訳なさそうな顔をしている……と、思う。少し頭を下げて謝った後、こちらを向いて私を呼び寄せた。



「ローズマリー嬢、覚えていらっしゃるでしょうか。こちらは元々こちらの神殿の聖女候補生だったクローディア嬢です」

「……クローディア! どうして貴女がここに? まさか殿下は……運命の相手としてクローディアを?!」



 神殿を去った昔の後輩が、突然王太子殿下と共に訪ねてきたのだ。ローズマリー様が驚くのは当然のこと。

 しかしローズマリー様の様子を見るに、どうやら私が殿下の運命の相手だということはバレてはいないようだ。とりあえず私はホッとして胸をなでおろした。



「ローズマリー様、お久しぶりです。私はアーノルト殿下の運命のお相手が誰なのか、恋占いでイングリスの神にお聞きしただけなんです。その繋がりで、今は殿下のお手伝いをさせて頂いています」

「……ああ、そうなのね。ディア、とりあえず元気そうで良かったわ。心配していたのよ。ところで殿下の運命のお相手が誰なのか、分かったのですか?」



 ローズマリー様は焦った様子で殿下に尋ねる。殿下の誕生日まで残り二週間と少し。ローズマリー様も心配で焦っていらっしゃったのだろう。

 殿下はそんなローズマリー様に向かって、これからのことを説明した。



「クローディア嬢に占ってもらった結果、私の運命の相手は、リアナ・ヘイズ侯爵令嬢だと分かったんだ。ちょうど彼女は私の婚約者候補として名前が挙がっていたので、このまま私からリアナ嬢に婚約を申し込もうと思う」

「そうですか、リアナが……」

「ただ、私とリアナ嬢は幼馴染とは言え、ここ数年はほとんど顔も合わせたことがなくてね。疎遠だった期間の埋め合わせをしようと努力しているところだ」

「アーノルト殿下、そんな悠長なことは言っていられませんよ!」



 穏やかな殿下とは対称的に、ローズマリー様は青ざめた顔をして慌てている。



「ディアは元・聖女候補生と言えど、イングリス神からの祝福の儀でまともなスキルを得られなかった身です。身内の恥を晒すのは本意ではありませんが、恋占いスキルの結果も全てが真実とは限りません。占いに頼るよりも、もっと確実な道を選ぶべきです」



 ローズマリー様の言葉がちくちくと私の心に引っかかる。

 しかし今は、私の恋占いスキルを「恥」だと言われたことにショックを受けている場合ではない。ローズマリー様は今、もっと大切なことを口にしたではないか。


 を選ぶべきだ、と。



「ローズマリー様。横から口を挟んで申し訳ありませんが、今、を選ぶべきと仰いましたか? 殿下の解呪をするために、運命の相手にファーストキスを捧げる。それ以上にもっと確実な方法があるのでしょうか?」



 もちろん私の恋占いだって、百パーセント的中の自信はある。でももっと確実な方法があるなら、すぐにでも殿下の呪いを解いて差し上げたい。あの胸の呪詛文字を目にしてしまったから尚更だ。


 ローズマリー様はアーノルト殿下と目を合わせ、一息ついて私の方に振り返った。


「もうアーノルト殿下にはお伝えしているのだけど……。殿下の呪いを解く方法は三つあるわ」

「三つ! 何でしょうか、私にも教えて下さい。例え落ちこぼれでも、私も元・聖女候補生です。イングリス神に仕える者として、呪いを解くお手伝いをしたいのです」

「分かったわ。一つ目はディアも知っている通り、殿下が運命の相手にファーストキスを捧げること。そして二つ目は、呪いをかけた張本人を消すこと」

「消す……」


 確かに、呪いをかけた術者がいなくなれば、殿下の呪いも消えるはずだ。しかし、『消す』とは穏やかではない。それに、誰が殿下に呪いをかけたのかは分かっていないのだ。

 すると、二つ目の選択肢は消えたことになる。


「三つ目は? 三つ目は何でしょうか!」


 思わず立ち上がって詰め寄ると、ローズマリー様は少し顔を赤くして下を向いてしまった。


「ローズマリー様! 三つ目の解呪方法は」

「ディア。私から説明しよう」


 アーノルト殿下は鼻息を荒げる私を落ち着かせようと、両肩に手を置いて私を椅子に引き戻した。


「三つ目の解呪方法は」

「はい」

「運命の相手の代わりに、私の胸にあるこの呪詛文字を読み解ける強い魔力を持った者にファーストキスを捧げること。つまり私がローズマリー嬢にキスをすれば、呪いは解ける」

「…………は?!」


(――そんな最終手段があったの?! だから殿下は呪われているくせにこんなに落ち着いてたんだ)


 あっけに取られた私は、ついつい元も子もない台詞を口にしてしまった。


「あの、それでは今ここでキスしたらいいのではないでしょうか……?」

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