第23話 双子
神殿に戻り、今日のお務めを終えたローズマリー様をつかまえると、私は早速ローズマリー様に話を切り出した。
「私、故郷に戻ることになったんです。それでローズマリー様にどうしてもお願いがあって……」
アーノルト殿下は私を王都から離れさせようとしている。殿下の呪いが解けるまでここに残れるように交渉するつもりではいるが、万が一無理矢理にでも王都を追い出された時のために手を打っておきたい。
(その時のために、もう一人味方が欲しいわ)
私が頼れるのはローズマリー様だけだ。ローズマリー様に全てを打ち明けて、アーノルト殿下のことを守ってもらおう。聖女であり、リアナ様のお姉様であり、殿下の呪いを解くことができるローズマリー様。
彼女ならきっと助けてくれるはずだ。
私は全てを打ち明けるつもりで、ローズマリー様を聖堂の裏に呼び出した。
「ローズマリー様。実はアーノルト殿下の運命の相手は、リアナ様ではないのです」
「なんですって? ディア、まさか殿下を
「申し開きのしようもありません。一体どうすれば良かったのか、私にも分からないのです」
「何故そんなことに……それで結局、殿下の本当の運命の相手は誰だったの?」
「……私、でした」
私の告白を聞いたローズマリー様の顔からは、みるみる血の気が引いていく。
「まさか、そんな……!」
「私も信じられないのです。アーノルト殿下とは過去に一度もお会いしたことがないですし、何よりも私はただの平民です。だから、イングリス神がなぜそんな神託を出されたのか、私にも全く分からなくて」
「それで、殿下の運命の相手はリアナだと嘘をついたのね?」
「……はい。リアナ様が殿下の婚約者候補だとお伺いしたので、殿下にとってもその方が都合がよいかと思ったのです」
ローズマリー様は天を仰ぎ、厚い雲の隙間から顔を出した月に向かって十字を切った。
「なぜなの……クローディア……」
「ローズマリー様。ご心配をおかけして申し訳ありません。明日の夜、もう一度アーノルト殿下の前で占いをします。殿下の運命の相手が本当に私なのかどうかは、明日の夜に再確認したいと思っています。でも……」
「でも、何?」
ガイゼル様とリアナ様の話を立ち聞きした限り、アーノルト殿下はリアナ様の潔白を信じていらっしゃるようだ。しかし、父親のヘイズ侯爵までが呼ばれて国王陛下の前で申し開きをさせられるという状況は、リアナ様にとってもヘイズ侯爵家にとっても良い話ではない。
まずはリアナ様の名誉を回復することが先決で、アーノルト殿下とリアナ様の距離を詰めるどころの状況ではなくなっている。
今この状態で、アーノルト殿下の運命の相手がリアナ様に変わるなんてことは、少々考えづらい。
「……ローズマリー様。多分、殿下の運命の相手は私です。イングリス神の神託は、この二週間で変わることはないと思います。だからこそローズマリー様にお願いです。もし明日の占いの結果、殿下の運命の相手が私のままだったら、ローズマリー様が殿下にキスをして下さいませんか」
「ええ、もちろんよ。元々アーノルト殿下の解呪のためにキスして下さいと申し出たのは私の方だもの。明日改めて占う必要もないくらいだわ」
「アーノルト殿下は、ファーストキスを捧げた方と添い遂げようと考えてらっしゃいます。だから、ファーストキスの相手はリアナ様だと殿下に思い込んで頂くのが最善策かと」
ローズマリー様の眉がぴくりと引きつった。
私の相談の意図が、ローズマリー様にも伝わったのだろう。
「……分かったわ。つまり実際にキスをするのは私だけれど、殿下が私のことをリアナだと勘違いすればいいのね。上手くやればできるわ、私たちは双子だもの」
黒髪を全てヴェールの中にしまい込むと、ローズマリー様は私に向かってウィンクをした。こうして髪の毛を隠してしまえば、ローズマリー様とリアナ様の見分けがつかないほどに瓜二つだ。
「ローズマリー様。とても失礼なお願いであることは重々承知しています。本当に申し訳ありません」
「いいのよ。殿下のお命を救うためですもの」
「……アーノルト殿下はリアナ様に恋をしていらっしゃいます。恋する相手の顔を間違えるはずがありません。できれば暗闇などで顔があまり見えない方が」
「殿下の誕生日の夜会で、明かりの届かない庭園に呼び出すのはどう?」
「それなら安心です。ローズマリー様、本当にありがとうございます。明日の占いの結果は、必ずお伝えします」
私は涙を拭い、ローズマリー様の手を取る。ローズマリー様もしっかりと私の手を握り返してくれた。
これで一安心だ。あとは誕生日の夜会までの間に殿下が誰かとキスしてしまわないように、しっかりと兜を被ってガードしてもらえばいい。ガイゼル様にそれとなくお願いしておこう。
「ディア、それでは私は明日の占いの結果を待つわ。占いの結果によっては、私がリアナのフリができるように準備しておくわね。そうだわ、占いはどこで行うの?」
「明日の晩、殿下と共にイングリス山へ行きます」
少しでも月に近いところへ。
月の光が弱ければ、せっかく水面にうつった運命の相手の顔もぼんやりとしか見えなくなってしまう。
「それが終わったら、ディアはもうこの神殿を出て故郷に帰るのね。また寂しくなるわ」
「殿下の誕生日まではここにいられるように頼んでみるつもりですが、恐らく今日の殿下のご様子を見るに難しいでしょう。ローズマリー様には短い間でしたがお世話になりました」
「殿下の解呪が終わったら、必ずあなたにも手紙を書いて知らせるわ。ねえ、久しぶりに今日は一緒に寝ましょう。明日恋占いをするのなら、ゆっくり休んで力を貯めておかないとね。また回復魔法をかけるわ」
狭いベッドの上、私たちは二人並んで横になる。
ローズマリー様は私を優しく抱き締め、回復魔法をかけながら撫でてくれた。まるで子どもの頃のように。
ローズマリー様の回復魔法に包まれながら、私はアーノルト殿下に抱き締められた時の温もりを思い出していた。
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