第24話 別れの決意 ※アーノルトside
「ヘイズ侯爵、ここで失礼する」
「……アーノルト王太子殿下。この度はご心配をおかけして申し訳ございませんでした。しかしどうか、リアナのことを信じて下さいますよう……どうか……」
「分かっている。リアナ嬢とは幼い頃からよく知る間柄だ。自分の目で直接リアナ嬢の悪事を見たわけでもない。噂だけを信じてどうこうするつもりはないよ」
床に頭が付くのではないかという程に深く頭を下げるヘイズ侯爵に別れを告げ、私は足早に執務室に向かった。
国王陛下に呼ばれ、陛下の御前でヘイズ侯爵から直接リアナ嬢についての釈明を受けた。
巷に流れる悪い噂について、ヘイズ侯爵がリアナ嬢に確認したらしい。他の婚約者候補の令嬢に嫌がらせをしたこと、クローディアを池に突き落としたこと。そのいずれについても、リアナ嬢は自らの関わりを否定したと言う。
しかし実際に他家の令嬢からは、嫌がらせをされたその場で確かにリアナ嬢の姿を見たとの話がいくつも寄せられている。複数の家から同じような情報が寄せられている以上、全くの虚言というわけではないだろう。
執務室に入ると、リアナ嬢の見送りを頼んでいたガイゼルが既に戻っていた。
「ガイゼル、国王陛下と話をしてきたよ」
「そうですか。それで陛下は何と?」
国王陛下は、彼女を婚約者候補から外すとは言わなかった。ヘイズ侯爵に対する厳重注意の上、リアナ嬢の行動を当面の間監視するようにと命じただけだった。
(クローディアは池に落とされて死にかけたと言うのに……)
国王陛下が全くクローディアのことに興味を示さないことが悔しくて、私は唇を噛んだ。
「……ガイゼル、リアナ嬢を見送ってくれたか? 彼女の様子は?」
「俺からも本人にもう一度聞きました。ディアのことも、他のご令嬢たちへの嫌がらせのことも、リアナ嬢は何もしていないとのことです」
「そうか。ヘイズ侯爵からの話も同じだった」
リアナ嬢が自身で関与を認めない限り、この話はいつまで経っても平行線をたどるだろう。グラインド伯爵家もボールド公爵家もご令嬢たちの警備を厳重にしているから、これ以上の被害は出ないはずだ。
ディアも神殿に預けているから、人の出入りの多い王城に比べれば安全に過ごせるだろう。
(あとは、ディアを故郷に戻せば全て丸く収まるはずだ)
そこまで考えたところで、急に胸の奥から虚しい笑いが込み上げて来た。
「殿下、なぜ笑っているんです?」
「いや。国王陛下は貴族のご令嬢たちの安全には興味を持っても、ディアには一切関心がないみたいでね」
「まあ、それはそうでしょうね」
ガイゼルも悔しそうに顔をしかめる。
あれだけ悪態をついていたガイゼルも、ここでディアと過ごすうちに彼女に情が移ったのだろう。
「だからディアの安全のためにも、彼女には故郷に戻ってもらうことにした。これ以上王都に引き留めて、危険な目に遭わせるわけにはいかないからね」
「えっ? まあ……それが良いでしょう。元々クローディアをここに連れてくる必要なんてなかったのですから。ですが、十年前の件はもうよろしいんですね?」
「ああ。もし彼女があの時の少女だったとしても、私がやるべきことは変わらない」
一国の王太子が平民に恋をして政略結婚を断るなど、常識として許されないことだ。私は、ヘイズ侯爵家のリアナ嬢と婚約する。それが私の役割で、回り回ってクローディアを守ることにもなる。
胸の呪詛文字の痛みに耐えながら、私は涼しい顔を装ってデスクに着いた。仕事の書類を取り出して文字を目でなぞりながら、頭の中からディアの姿を追い出そうとする。
「殿下の運命の相手とは……本当にリアナ嬢なんでしょうか」
「明日、それを確かめてくるよ。結果がはっきりすれば、すぐにでもリアナ嬢に婚約を申し込もう」
「殿下はそれでいいのですか?」
ガイゼルの声は震えている。
私は手に持っていた書類をデスクの上に投げ、椅子の背もたれに身を思い切り預けて天井を見つめた。
「ガイゼルのいない間にね、ディアとキスの練習をしたんだ。その時分かった。私はディアのことが好きだと。これ以上一緒にいたら離れがたくなる」
「それは……どうすりゃいいんだ。リアナ嬢は殿下とどうしても結婚したいと言っていましたし……まさか、殿下がディアを? はあ……」
「ガイゼルはどうもしなくていいよ。おかしなことを言って動揺させてすまなかった」
私には、リアナ嬢と結婚する以外に道はない。
もしもリアナ嬢が私のことを好いてくれているなら、私も彼女のことを大切にするよう努力したい。夫婦になるのなら、少しでも歩み寄って仲良く暮らしていく方がいいに決まっている。
だから、ディアとはお別れしよう。
明日もう一度占いをして、私の運命の相手がリアナ嬢で間違いないことが確認したら。クローディアとはもう二度と会うことはないだろう。
机の上に投げた書類をもう一度手に取ると、私はガイゼルに「一人にしてくれ」と頼んだ。
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