Spring Memories 第4話 委員決め

「私ね、本当は葉月くんのこと覚えてるんだ」

 強い風が吹き、長い髪が揺らいだ。

 葉月は、耳を疑った。

 「え、今なんて」

 「だから、本当は葉月くんのこと覚えてるよ」

 「え?」

 2回聞いても、葉月は自分の耳を疑っていた。

 「あははっ、葉月くん慌てすぎっ」

 早緑は、葉月の方に近づいて肩をぱしっと叩く。軽く叩かれただけなので身体にはなんの痛みもないが、なぜか心が痛い。

 「いや、状況をうまく呑み込めなくて。早緑が俺のことを覚えてる? というか、だったらなんであの時無視なんかしたりしたんだよ。てっきり忘れられてるのかと……」

 「あの時?」

 「早緑が転校してきたとき」

 「ああ、あの時の。うーん、それは内緒!あ、強いていうなら中学の時と変わりすぎてたから気づかなかったのはあるかな」

 葉月は、中学の時とかなりと言っていいほど印象が変わっているので、それを言われても否定することが出来なかった。

 「俺は、もう目立ちたくないからな。高校では、この姿で認識されてるし、変えるつもりはない」

 入学式の時から、この姿は変えていない。なるべく変化がないように一年を過ごし、これからもそうしていくつもりだ。

 「そっか、別に無理に変えろとは言ってないよ。ただその見た目だとモテなさそうだなあと」

 「早緑には関係ないだろ。あとそもそも俺はモテるつもりもない。変に目立つからな」

 「中学の時はモテモテだったのに随分とひねくれたんだねぇ。……あ、というか、もう1つ言わなきゃいけないことがあったんだった!」 

 早緑は、思い出したようにパチンっと手を合わせた。

 「言わなきゃいけないこと?」

 葉月がそう訊ねると、彼女は葉月の目の前に立ち微笑みを向ける。

 そして、葉月にとって信じられない言葉を放ってきた。

 「私、葉月くんの力になりたくて転校してきたの」

 今日は、何回自分の耳を疑っただろうか。葉月は、できることなら耳を取って掃除したいと願った。でないと、彼女の言葉がうまく頭に入ってこない。そんな思いをくみ取ってくれるはずもなく、相変わらず何を考えているのか分からない微笑みをこちらに向けている。

 とりあえず、言葉の真意を確認しようと葉月は口を開いた。

 「それって———」

 キーンコーンカーンコーン。

 「あ、ほらチャイムなったよ。早くいこ!」

 タイミング良く、いやタイミング悪く昼休みのチャイムがなってしまったせいで葉月は言葉を飲み込んでしまった。そして、早緑は何事もなかったかのように扉の方に向かっていく。

 (力になるってなんだよ……)

 葉月は、疑問に思いながらスキップで髪を揺らしている彼女の後を追った。

 ***********************************


 新しいクラスになって一週間。徐々に新しいグループも形成されつつあるこの時期に行われたのは、委員決めだった。図書委員や風紀委員など、それぞれの役割の代表を決めてクラスをまとめていく意味がある。

 なので、なるべく目立ちたくない朝涼葉月あさすずはづきにとっては全く関係のない時間である。

 「じゃあ、まず学級委員から決めていきます。我こそは、学級委員になりたいって人いますか」

 まだ学級委員がいないので、担任の梅月が進行していく。

 (去年もそうだったけど、ここで割と時間食うんだよな)

 委員決めは、時間がかかったとき他の授業の邪魔にならないように、最後のコマに行われる。そのため、去年は放課後を使ってまで委員決めをしてうんざりとした記憶がある。

 今年も、その覚悟をしていた葉月だったが、どうやらその心配はいらないようだった。梅月が訊いた瞬間に手を挙げる人がいたからだ。

 「橘さん学級委員してくれるの?」

 梅月先生は、手を挙げた主に改めて訊きなおす。その主は、こくりとうなずき返事をする。

 「他に立候補したい子はいないかしら。いなかったら橘さんにしてもらいますがよろしいですか」

 梅月が、みんなに再確認すると、少しの沈黙があったあと少しずつ拍手が流されていった。なぜ沈黙が少しあったのか。それは、手を挙げた主が橘霞たちばなかすみだったからだ。彼女は葉月と同様、目立つような人間ではない。しかし、目立たさ過ぎるのは逆に目立ってしまう。そういった意味で、彼女は『学級委員をするような人ではない』というレッテルを貼られていた。だから、今回自ら学級委員に立候補したことがみんなにとっては意外だったのだろう。ただ、早く終わりたいのはみんなも同じなので、拍手が起きたという具合だ。

 「じゃあ、もう一人、男子でしてくれる人いないかしら」

 拍手が終わった後、黒板に文字を書き終えた梅月先生がそう訊ねると、こっちもすぐに手が上がった。今度は、意外な人物ではなかった。その人物は教職員からも信頼が置かれている折木建辰おれきけんしんというやつだった。

  葉月は、一年生の時一緒のクラスではなかったので、よく知っているわけではなかったが、学年全体の集会で目立っていたので覚えている。一年生のうちで生徒会に立候補し、演説をしていた。去年同じクラスだった人からの信頼も厚いようで、時間もかからずすぐに彼に決まった。

 学級委員が決まった後は、芋づる式に図書委員と、校紀委員などが決まっていった。この調子だと、放課後へ突入せずに委員決めを終えることができるかもしれない。一応バイト先には遅れるかもしれないと連絡しておいたが、これなら遅れずに済みそうだ。と思っていたが、次の一言でその願いが叶うか怪しくなってしまった。

 「次は、相談委員ですが誰かやりたい人はいますか?」

 相談委員。それは、この学校特有に作られた委員だった。クラスの人の悩みや相談を解決して、クラスの士気を高めようというものである。かなりの激務だということが一年生の間にみんなの中に知れ渡っているので、おそらく手を挙げるのを渋る人が多いだろう。

 「ねえ、相談委員って何?」

 隣の席に座っていた早緑が顔を近づけて小声で聞いてくるので、葉月は仕事内容など手短に説明する。手短に説明しても、めんどくさいと思われるのがオチだろうなと思っていたが彼女にとっては違うみたいだった。

 「え、なにそれ面白そう!」

 目をキラキラとさせた彼女はそういうと、正面を向きなおし手を挙げて「私やりたいです!」と立候補し始めたのだった。

 「早緑さんの他の人にやりたい人いますか?」

 もちろん誰も挙げる人はいるはずもないので、すぐに彼女がやることに決まった。

 横を見ると、彼女は満足げな顔をしている。相変わらず彼女が考えていることが分からない、と葉月は思う。それと同時に、クラス中の男子からは歓声が上がり、次々に手を挙げ始めていた。どんなにしんどい委員だろうが、クラス一の美人とできるのなら苦ではないと思っているのだろう。

 (俺は、それでもしたくはないけどな)

 とりあえず早く終わってくれればいいと思っていた葉月は、予想もせず、またしても隣を見ることになる。その視線の先にあるのは、早緑ではなく、天井に上がった葉月の腕。正確に言うなら、彼女によってあげられた葉月の腕だった。

 「はあ!?」

 手を挙げながら思わず大きな声を出してしまう。その声で、盛り上がっていた教室は一周にして静かになり、全員の視線が葉月に集まった。

 「えっと、朝涼くんだっけ、相談委員やりたいの?」

 「いやいやいや!」

  葉月は、必死に否定する。この状況で、やりたいの? なんて聞いてくるこいつもこいつだ。明らかに自ら手を挙げているようには見えないだろう。

 (ここは、手を振りほどいて辞退する意思を表明するしかないな)

 葉月が、手を振りほどきもう一度辞退することを伝えようと口を開こうとしたとき、またもや彼女は信じられない言葉を放った。

 「私が、推薦します!朝涼さんがしないなら、私も辞退します!」

 「え、いや、え!?」

 先ほどまで静まり返っていた教室が、またざわざわとし始める。

 早緑が何を考えているのか、葉月には全く理解できなかった。彼女の顔を見ても、相変わらずの笑顔のままだ。周囲の人は、また良からぬ噂を立てているし、先生も困った顔をしている。

 「早緑さん、どういうこと?朝涼くんを推薦する理由でもあるの?」

 「はい。私、朝涼さんとは同じ中学で、その時のクラス委員が朝涼さんだったんです。仕事もてきぱきとこなして、すごく頼れる存在なので、ぜひなってほしいんです!」

 早緑は、葉月と同じ中学校であることを公表した上に、葉月がクラス委員だったことまでばらした。

 「ねえ、早緑さんやめなよ!」

 ざわざわとしていた教室がまた、静まり返る。今度は、葉月の声に対して静まり返った訳ではなかった。

 その生徒は、立っていた。そして、それは葉月のよく知る人物。———小春だった。

 

 

 

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4/4メモリーズ 水無月 @hinata0531

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