Spring Memories 第1話 転校生
春休みが明けて最初の登校日。高校二年生になった
葉月は、人混みが苦手ということもあり、遠くからその光景を眺めている。落ち着いてきたころにゆっくりと見に行く算段だ。
(早く来すぎたな……)
もう少し寝ておけばよかったと後悔しつつ、人だかりを眺めていると、その中からひょこっと顔を出して、葉月の方に手を振っている見慣れた姿が目に入ってきた。茶髪のショートヘアー(後ろで結んでいる)にウサギのヘアピンをつけているのが特徴的な彼女は、幼馴染の
そして、「葉月っ、今年も一緒のクラスになれたよ」と目の前で急ブレーキをかけて、おそらくそう言うであろうと思っていた言葉を放ってきた。
「顔、近いって」
茶色みがかった大きな瞳は、前髪の奥に隠れた眠たそうな目を見つめている。
「むー、あんまり嬉しそうじゃないなぁ」
「ごめんって、嬉しいよ小春」
小春は、葉月の反応が薄かったことに拗ねたのかぷいっと横に顔を向けたので、宥めるように葉月は、なるべく優しい言葉を投げかける。
そんな二人に1つの影が近づいてくる。
「やあ葉月、新学年始まって早々喧嘩とは大人げないですな」
「喧嘩じゃない」
反応が薄かったのは小春に悪かったが、喧嘩ではないのでしっかりと訂正しておく。むしろ、わざわざ名簿を見に行かなくてもクラスを知ることが出来たので小春には感謝をしているのだ。
「どうせ、クラスが一緒だったのに葉月のテンションが低かったとかで小春が拗ねてんだろ」
「ぐっ」
まんまと原因を言い当てられた男の親友、
「お、図星か」
「さては、隠れて見てたな」
「正解っ。いやー、早く来すぎてさ、二人が来るのを待ってたんだよ」
「じゃあ、早く声を掛けに来てくれよ」
「悪かったって、二人の絡みっていつ見ても面白いからさ」
「見世物にすんな!」
葉月と小春は、同時に突っ込む。被さったことが予想外だったのか、ふくれっ面の彼女は「真似すんな!」と小さく呟いてまたそっぽを向く。それに、千秋はまた笑う。
「それよりもさ、二人は掲示板の前になんであんなに人だかりができてるのか知ってる?」
よほど面白かったのか、目の端から涙を出しながら千秋は、二人にそう訊ねる。
「なんでって、自分のクラスを確かめるためだろ」
「まあ、それはそうなんだけど。質問するってことはもっと別の考えがあるに決まってるだろ……。葉月、まだ春休み気分でいたらスタートダッシュできないぞ」
「うっせ、で、答えはなんなんだよ」
葉月が、千秋の挑発を無視して答えを催促すると、千秋はにやっとした。
「実はな、葉月と小春の教室に転校生が来るらしいんだよ」
「なんで、それで掲示板の前に人だかりができるんだ」
「そりゃあ、クラス表の所に転校生って書いてあるからじゃないか。普通、転校生ってあとで知らせるもんだろ?」
(確かに)
「あっ、それ私も見た!」
さっきまで、拗ねていた小春がこちらに顔を向け、話しかけてくる。
「なんだ、聞いてたのか」
「葉月には話しかけてない!」
あくまで、千秋の話に返答したというスタンスで通すらしい小春は続けて、その転校生の噂を話してくる。
「めちゃくちゃ話題になってたよ。なんでも、超絶美人だとか」
どこからそんな情報が漏れるのか分からないが、転校生もハードルを上げられて大変だな、と葉月は思った。
超絶美人という言葉を聞くと、ある人を思い出す。中学の頃にも、そんな風に言われていた人がいた。中学を卒業して以来、彼女の話を聞くことはないが、元気にやっているのだろうか。
(いや、俺にはどうでもいい話か)
葉月は、ふと自分の中学の時のことを思い出していた。それは、遠い過去のようにも思えた。しかし、葉月は思い出すのを止めるかのように頭を振り、二人の会話に入りなおす。
———転校生についての話を一通りした後、葉月たちは自分たちの新しい教室へ行くことにした。この時、葉月は自分の運命が変わるとは、思いもしていなかった。
************************************
「皆さん、私が2年のCクラスを担当させていただく梅月です。去年一緒だった生徒も、今年から担当になる生徒もよろしくお願いしますね」
「よっ梅ちゃんっ。今年もよろしく!」
「こら、梅月先生でしょ。じゃあ、出席取っていくから静かにしてください」
担任の梅月は、静かでおしとやかだが、みんなから梅ちゃんの愛称で呼ばれている愛されキャラだ。特に男子からの人気は高い。
出席を取り終わると、梅月先生は、静かに待つようにと全員に告げて、教室の外に出ていった。
もちろん静かになるわけもなく、教室に取り残された生徒からは「もしかして、転校生じゃない?」「絶対そうだよ」「楽しみ~」と言った会話が飛び交っている。
しばらくたった後、教室のドアが開き、梅月先生と共に一人の少女が入ってきた。
すると、先ほどまでざわざわとしていた教室は、一瞬にして静まり返った。
理由は明白だ。その少女は、まるで幽霊なんじゃないかと思うほどの透き通る白い肌に金髪の絹のように洗練された髪を持っていた。そしてなによりも、誰が見ても美人だと答えるくらいの顔立ちだった。
しかし、葉月は違うところに驚いていた。正確には葉月と小春は、その少女の姿に驚いていた。
「じゃあ、自己紹介してくださいね」
「はい!」
その少女は、元気よく返事すると、白いチョークを手に取り黒板へ名前を書き始める。
早緑 六花。
「『さみどり りっか』と言います!よろしくお願いします!」
(やっぱり……!)
小春が、ちらっとこちらを振り返ってアイコンタクトを取ってくる。
葉月は、それに対して頷いてみせる。その先の自己紹介を聞いてみても、間違いはない。
彼女は、葉月と小春と同じ中学校の同級生だった。
そして、それはさっき葉月が思い出していた『超絶美人』と言われていた同級生だった。
自己紹介が終わると、先生はその少女に指定の席に着く様に指示した。彼女は全体を見回すと、自分の席を見つけその方向へと歩いていく。
歩いてくる途中、みんなの視線は彼女に向かっていた。その視線は、だんだんと葉月の方にも向けられてくる。なぜなら、彼女の席は葉月の隣の席だったからだ。
彼女は、自分の机の前に立つと、葉月の方に視線を向けてくる。何か話しかけてくると思っていたのだが、一向にそんな雰囲気はない。ただ、無言で見つめあう時間が流れる。
「……久しぶり」
無言に耐えられなくなった葉月は、自分が中学の時の同級生だったということを知らせるかのような言葉を投げかけた。
反応としては、葉月と同様、久しぶりと返ってくる割合が7割、覚えてないと返ってくる割合が3割というところだろうと葉月は思っていた。
しかし、彼女の反応はそのどちらにも該当しなかった。
「……」
彼女は、返事をすることなく、自分の席に着いたのだった。
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