Spring Memories 第2話 桜の木の下で
この一週間は、転校生あるあるなのだろう。六花は男女問わず多くの人に囲まれていた。最初は、笑顔で対応していた六花も流石に困った表情を浮かべている。
「すごい人気っぷりだな」
教室の外、廊下の壁にもたれながら彼女の様子を見ていると、
「まあ、あれだけ美人だったら話しかけられない方が珍しいんじゃないか」
それに、スウェーデンとのハーフなので話題はそのことでもちきりである。
「葉月は、声をかけようと思わないのか。いや、かけたけど無視されたのか」
「傷をえぐるな」
あれは、葉月のことを覚えてないという反応よりは、意図的に無視をされていた気がする。そうなると、こちらも関わりづらくなってしまうもので、授業以外の休み時間はこうして廊下で時間をつぶすというなんとも生産性のない時間を過ごすことになっていた。
「というか、中学の頃の同級生だったんだろ?なんで無視されてんの」
「そんなの俺が知るか」
正直に言うと、葉月には心当たりが一つあった。しかし、もう二年も前のことだし、そんなに根に持たれるようなことではないとは思っている。
それを千秋に言ってもしょうがないので、葉月は黙っておいた。
一方で、幼馴染である小春は、そのことについて知っているので、早緑に対して「なにあの態度!いい加減中学の時のことなんか忘れたらいいのに!」と子猫の威嚇のように話していた。
ついでにいっておくと、早緑に矛先が向いているので、葉月と話さないと決めていたことは、忘れていたようだった。
(忘れたらいいのに……か)
葉月は、過去の記憶を飲み込むように、紙パックのジュースの残りを空にした。
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今日も、早緑との進展は特になかった。授業もグループワークはほとんどなく、あったとしても、他の生徒が彼女と交流しようとするので葉月が彼女と関わる余地はなかった。それと、どことなく避けられているような気がする。
特に、関係を深めたいというわけではないのだが、無視されるというのは
しかし、葉月にとっては中学生の頃の記憶は封印しておきたいものなので、むやみに彼女に関わって過去を掘り返されるのも嫌だった。
「これからバイト?」
下駄箱で靴を履き替えていると後ろから小春が声をかけてくる。
「ああ」
「大変だね。お母さんまた体調悪くなったの?」
「最近、また崩したみたいだからシフト増やさないといけなくなった」
葉月の両親は、彼が子供のころに離婚している。それから、女手一つで葉月をここまで育ててきたのだが、最近は体調を崩すことが多くなっているので、葉月がバイトをして学費の足しにしている。
「なんか力になれることがあったら何でも言ってね。これでも一応幼馴染なんだし」
「サンキュ。だけど今は大丈夫。小春も部活があるんだし、迷惑かけたくないからな」
「そんなの気にしなくていいのに」小春は、少し悲しそうに呟く。
「わかった。頼れるときは頼るよ。だからそんな顔すんな」
葉月は、そういって小春の頭をくしゃくしゃと撫でると、小春は少し顔が赤くなって「うん!」と満面の笑みで返事をした。
笑顔になった小春に別れを告げ、自転車置き場へと向かった。
葉月は自転車に跨って、力強くペダルを漕ぎ出す。坂道が多いこの町では、ギアが付いた自転車が必須だ。この自転車も6段階のギアがついていて、一番重いギアにしているのではじめはある程度の力を込めなければならない。
校門を出て、右に真っ直ぐに進むと坂道がある。その頂上には大きな桜の樹があり何百年も前からあるその大樹は、待ち合わせのスポットにもなっていて、町の人からは《四季の樹》と呼ばれている。その木の変化が季節の変化を教えてくれるから、ということらしい。その大樹を曲がると葉月のバイト先が見えてくる。
ギアを二段階下げて、思いっきり坂を上っていく。目印となる桜の木に近づいていくと、葉月と同じ制服を着た人が立っているのが見えた。そして、おそらくそれは葉月のよく知っている人だった。絹のように洗練された金色の髪。後ろ姿からでもわかる凛とした佇まい。
早緑六花だ。こんなところで何をしているのだろうか。
いや、まだ早緑六花と決まった訳ではない。葉月は彼女に気づかれない範囲から彼女の顔を確認してみることにする。
葉月は、その顔を見て驚いてしまった。
―——彼女は、泣いていた。遠くからだからよく見えないが、確かに泣いていた。
女性の涙なんてまじまじと見るものではないと分かっているので、葉月はすぐに視線を逸らす。
(なんで涙流してんだ……)
このまま、無視してバイト先にいくのもバツが悪い。かといって声をかけられるかというと、そんな仲でもない。
葉月が、どうすべきか悩んでいると、どこかから飛んできた蝶々が葉月の鼻の上に止まった。悩んでいた葉月は、止まっていることに気づかずに、その時が来るまで蝶々を鼻で飼いならしていた。
「はっはっはっくしょんっ!」
葉月の、大きなくしゃみと共に、蝶は再び空へと舞う。そして、葉月が意識を取り戻した後には、すでに彼女はこちらを振り向いていた。
「えっなんで」
花の匂いに誘われて流浪する蝶は、何も知らない顔をして僕らの前を通り過ぎていった。
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