「つい」「うっかり」「出来心で」
千子
第1話
「つい」「うっかり」「出来心で」
人を殺してしまった。
さて、どうするか。
本当についうっかり出来心で人を殺してしまったんだ。何も考えてはいない。
護身用に持っていたナイフを遺体から引き抜くと、とりあえず見ていたドラマの影響で身元が分かりそうなものの処分のため、遺体ごと燃やすことにした。
公園にいた一人きりのホームレスだからそんなもの持っているかも分からないけれど、念のため。
ガソリンがいいんだろうか?灯油がいいんだろうか?深夜でも売っているんだろうか?
そんなことを考えてもしもの時にストーブで使おうと思ってと言い訳に使えると思って無人のガソスタで灯油を購入し遺体にぶちまけた。
安いライターでも火は着く。
轟々と燃え盛る炎を見て、本当に殺して死んだんだなと実感した。
相手は見知らぬホームレスだった。
なんで殺したかも分からない。
本当に「つい」「うっかり」「出来心で」殺してしまったんだ。理由なんてない。
とりあえず、燃やしたままだとまずいかなと思ってある程度黒焦げになったら汲んでおいた水で消火活動をした。
日本の警察は優秀と聞く。
本人すら分からない殺害動機と、なにもない俺とホームレスの接点からどうやって犯人である俺に辿り着くのか、着かないのか…。
俺はとりあえず警察が来るのを待つことにした。
「つい」「うっかり」「出来心で」
これはよくある俺の悪い癖だ。
小学校の時は飼育小屋の鍵を閉めずに飼っていた動物を全羽脱走させた。
無事に回収できた体育の先生は未だにすごいと思っている。
中学の時はボールペンで教科書に載る偉人達を見るも無惨な姿に変えた。
これは誰でも通る道だろう。
高校の時は階段で目の前を歩いていた同級生の背中を押してしまった。
本人は転がり落ちた衝撃で押されたなんて気付かずにいたが、俺は落ちたやつ相手に大丈夫か?なんて白々しく言って肩を貸して保健室に連れていってやった。
感謝されたが、原因は俺だから別にいらないのになって思った。
「つい」「うっかり」「出来心で」はとても面倒で、どれかひとつでも無くなってくれれば自分をコントロール出来るかもしれないのに、ふとした瞬間にそれがやってくる。
その後、無職で引きこもりで実家の部屋から出るのは深夜だけの俺の世界。
「つい」「うっかり」「出来心で」はなりを潜めた。
潜めざるをえなかった。
なのにこの有り様だ。
夜中に出歩くんじゃなかった。
公園なんて寄ってみるんじゃなかった。
ホームレスと目なんて合うんじゃなかった。
捕まったら刑務所に入れられるのかな。入れられるんだろうな。
馴染めるかな。
そんなことを考えながら帰路についた。
意外なことにそれから数ヶ月経っても警察は家に来なかった。
ホームレスの焼死体はニュースになっていて事件として捜査中と初日だけは大騒ぎだったのに、翌日の大物芸能人の電撃結婚ですぐに吹き飛んだ。
命なんてそんなものかと思った。
警察は、待てども待てども来なかった。
そのうち連続殺人事件まで起きたから、ホームレスのことなんて忘れられるんじゃないかと思った。
そう思ったら「つい」「うっかり」「出来心で」警察に『早く捕まえてくれ』と手紙を出してしまった。
もちろんパソコンで打ったし筆跡から足はつかないだろうし念のため県境に住んでいたので隣の県から手袋をしてポストから発送した。
俺の出した手紙は連続殺人犯からのメッセージとして取り扱われた。なんでだよ。
他にも事件あるだろ。
しかし、これでもまだ家に警察は来ない。
もしかして、完全犯罪ってやつになってしまったのか?
捕まるか、捕まらないか、分からないまま多分これはもう捕まらないんだろうなと直感的に思った。
連続殺人犯は捕まった。
こっちも無差別で反抗動機も特にないのになんで向こうは捕まって俺は捕まらないんだろうな。
そして俺は今日も警察が来るか「つい」「うっかり」「出来心で」自室に籠って待っている。
ニートって暇なんだよな。
たまにはああいう意外な出来事があってもいいかもしれない。
そう思い始めたが、「つい」「うっかり」「出来心で」人を殺してしまっただけで、人を殺す趣味になりたいわけじゃない。
捕まらないなら捕まらないでこのままでいいや。
そう思って平日の昼間からベッドの中で包まってうとうと微睡みに身を任せた。
「つい」「うっかり」「出来心で」 千子 @flanche
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