第20話 甘い匂いに誘われて

緑の多い街『ピュルテ』と今日任命式が行われる都市『スぺクタルフェリック』の境界線には青色の細い線が引いてあり、その真上に経つと自分の魔力が不安定になる。




アシュレイは「よっと」とジャンプしてその線を飛び越えた。

中学二年生にもなって線を踏まずジャンプしてしまう子供心を持っているのは彼の長所でもあり短所でもある。


境界線を越えると視界に広がる景色ががらっと180度変わる。

木々に覆われたピュルテとは違い、スぺクタルフェリックは地球のヨーロッパのような街並みでお洒落な店や家々が建ち並んでいた。





この都市は惑星の中でも首都のような扱いで、国王一家が住むアンヴァンシーブル城や昨日バトルが行われた闘技場、エレン・ルーク・ラティ・アシュレイら四聖星シエルが通う、四都市の中でも飛び抜けて広い敷地を持つスぺクタルフェリック学園もここにある。



アシュレイがお洒落な街並みに見とれていると大通りの外れから甘い甘い匂いがした。


彼はズボンのベルトに付けていた懐中時計を見やる。

「九時五分か……」

任命式は午前十時から始まる。


ちょっと早く来すぎちゃったなと思いながらまだ時間に余裕がある為、

「どんなスイーツがあるかな」

と甘党のアシュレイは期待した様子で甘い匂いのする店へ向かった。






香りを辿ってみると溶けたチョコレートの柄の看板に筆記体でセ・シュクレ・ショコラと書かれた洒落しゃれている店に着いた。


カランコロンとドア鈴を鳴らしながら店内に入るとエレンが居り、チョコを選んでいたが話しかけるのに躊躇した。


昨日のエレンとの試合中にアシュレイは異能の『読心』を使ったが、普通は氷術ならば雪の結晶のように次に出す術のモチーフが視えるのにエレンの時は暗い背景に先が鋭い大型の剣や蔓延はびこる蛇、赤色の髪の少女が泣き叫ぶ様子が視えたものだから彼は彼女のことを怖そうな人と認識していた。


バトル中にバトルの事じゃないことを考えているのに圧倒的な魔法の力でトップに躍り出るなんて…エレンは一体何者なんだろうか。


「話しかけてみて冷たい人だったらどうしよう」




彼女の薄い花のような雰囲気に緩く巻いた髪を見ていると自然と惹き付けられてしまい、その魅力的な雰囲気と昨日の読心の結果を比べて話しかけるかどうか暫く迷った。


知らないで過ごすより知って仲良くすれば新しい発見があるかもしれない。

アシュレイは勇気を出して話しかけてみることにした。




チョコを選ぶのに夢中なエレンはツインテールだった昨日とは違い、ピンク色の髪をポニーテールに結び水色のリボンを付けていた為、今日の髪型はより大人ぽく見えた。


薄紫色のヒラヒラしたワンピースを着ていて、靴は焦げ茶色の編みショートブーツ。

エレンの私服が、お洒落なこの店内の雰囲気とよく合っていた。





アシュレイはそっと近づき、トントンと軽く彼女の肩を叩いた。

エレンは「ひゃっ」と言い後ろに飛び退いた。


「だっ誰……?」


アシュレイは「へっ?」と素っ頓狂な声を出した。

「え、あぁそうだよね、瞬殺だったから覚えてないよね……」


昨日の試合はすぐに勝敗がついてしまったから彼を忘れていても無理はなかった。




「僕はアシュレイ・トーネソル。君は昨日一位でこの都市の守り神になったでしょ?

僕は四位でピュルテの守り神になったんだ。同じ四聖星としてよろしくね」


と彼が言うと、

「あ…ごめんね忘れちゃって」

とエレンが気まづそうに目を逸らした。




「アシュレイもチョコを買いに来たの?」


「僕はチョコの甘い匂いに誘われて来たよ」


そう彼が答えるとエレンは「私も一緒」と言い、ふふっと笑った。


エレンは店の商品に目線を戻し、店員に「じゃあこれください」とチョコが四つ入った詰め合わせを指さした。

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