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 ―― 日本にいるとさ、とにかく息苦しいじゃん?

 10月に入ってからのロサンゼルスは、内陸から吹き付けるサンタアナ・ウインドの乾燥した熱風によって、過ぎ去った本格的な夏よりもさらに暑い日が数日間続くといった、いわゆる通称インディアン・サマーが例年通り訪れていた。

 そんななか汗をかきかきトランクひとつで新居に引っ越してきたその日の夕方、流星は日系スーパーの代表ともいえるヤオハンとニジヤのどちらがここから近いかをホワイトアッシュに教えてもらうと、得意の徒歩でまずは幕の内弁当と午後の紅茶とを買ってきた。

 さっそくキッチンの電子レンジでチンした弁当と午後ティーとを持ってダイニングテーブルについていると、「ちなみにヤオハンはこれからミツワって名前に変わるらしいよ」とまでもを教えてくれたホワイトアッシュが、赤ワインのボトルにそのまま口をつけながら、流星の向かい側に座ってくる。ワインを買えるくらいなのだから、年齢はきっと21歳以上なのだろう。内見をした時から気にはなっていたが、今日も風邪をひいているような鼻声からして、もしや花粉症かなにかのアレルギー体質なのかもしれない。

「あのスーパーで売ってる弁当はさぁ、ご飯がイマイチじゃない?」

 いきなりそう切り出してきたサンタモニカの語学学校へ通っているというホワイトアッシュは、ここで初めてアキラと名乗った。

「へぇ~カッコいい名前だねぇ。ちなみに漢字だったらどう書くの?」

「え? ご飯はアメリカだったらこんなもんだと思ってたけど」とひとまず答えてから、何の気なしに今度は流星が問い返してみる。

「カタカナさぁー。カタカナで、ア、キ、ラ」

 カタカナだけで? アキラ?

「ほら、ここの連中は親の勝手でダサい名前つけられちゃってるからさぁ、それが嫌で、アメリカに来て丁度いい機会だから、勝手に自分の呼び名を変えてるってこと」

 で、俺のアキラはもちろんあのAKIRAから来てるってわけ。と自分の胸に右手の親指を指しながら、得意顔のままホワイトアッシュは左手に持ったワインボトルに再び口をつけている。

 本名は教えてくれないのかなぁ……と続く言葉を待っていると、

「キミの名前も変わってるからさ、何か好きな名前を自分でつけたらいいんじゃん?」

 思わぬアキラのそんな提案に、「えぇ?」と言ったきり黙りこくったままで暫く宙を見つめてから、

「あそうだ。じゃあボクはカエデにするよ。だからこれからカエデって呼んでよ。高校までバスケット部にいて『スラムダンク』の大ファンだったんだけど、流川るかわかえでは自分みたいに思えて、特別な親近感をもっていたから」

「ほぉ~カエデね。そういえば似てるわ、カエデに。んじゃこれからよろしく、カエデくん」

 アキラは改めて新ルームメイトに右手を差し出す。

 こうしてアメリカに暮らす流星は、この瞬間からカエデになった。


 そうして辺りもやっと暗くなったころ、自室に戻った流星が2つのスーツケースから荷物を取り出し、お得意のビッグブルーバスを使って購入してきた寝具を備えているその最中に、玄関から誰かが入ってくる気配がした。

 あ、帰ってきたのかな……。

 きっともうひとりのルームメイトだろう。

 そう察して最後の同居人に自己紹介をしようと流星が部屋から降りていくと、結局あれからワインを1本あけてしまったアキラを含めた3人が、キッチンのアイランドを囲んで缶コーラを片手にドリトスをつまんでいた。それは日本にはない激辛タイプなのが袋のデザインを見て取れた。謎の女の子は立ってみると思っていたより背が低い。

 それにしても、なぜそのまわりのゴミたちを片付けてからにしないんだろう。

 そんな疑問を抱きながら呆然とその場に立ち止まったまま動かない流星の存在に気づいたアキラが、「あぁ、ちょうど良かった」と酒に酔った気配も見せずに声をかけると、それまで背を向けていた逆三角形の黒ティーシャツが、そのタイミングで肩まで伸びたオールバックの金髪ごと振り返った。

「あ、はじめまして」と流星が反射的に口にするかしないかで「よぉ」とだけ答えてコーラを口にやりながら、こっちに来いよとばかりに彼はアゴを振ってくる。その様相を目にした流星はその瞬間、アキラと真逆で野獣的な雰囲気を醸し出している臭いを感じた。

 元チーマーとか……。

 いずれにせよ、引き締まった上半身から伸びている筋肉隆々な二の腕には肘から上にかけて狂犬を思わせる凶暴的なタトゥーが彫られ、鼻からピアスが光っているその姿を目にとめた流星は、自分がこれまで歩んできた人生とは一線を画す相手には違いないと確信していた。

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