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新潟県では誰もが知る大手ゼネコン企業で役員を務めているリカの父親は、一人娘のアメリカ留学を当初は反対していたものの、結局は目に入れても痛くない愛嬢の可愛さに負けて2年間だけ限定という約束で渋々承諾していたが、その期限ももうこの10月の時点で1セメスター(3カ月)を残すのみとなっていた。
2階の部屋で巻き起こった発砲事件は、通報によって駆けつけたポリスによって押収された拳銃が空砲だったことが判明し、銃を知らない日本人留学生がただ興味本位だけでやってしまった遊びのつもりだったという、口から出まかせとしか言いようのない2人の供述はどうにかポリスに受け入れられたものの、最後まで落ち着きのないその様子から念のためにと強制された血液検査で薬物の陽性反応が表れてしまった流星は、依存症の疑いがあるとしてそのままカリフォルニア州立病院の精神科へと送られることになってしまったのだった。
「ア、アキラくん? これからどこへ行こうとしているの?」
その一方で健児とアキラは、トーランスの日本食レストランで昼食をという健児のリクエストは最終的に却下され、結局ソーテルにオープンしたばかりのお好み焼き屋を訪れた後、
「え? これからぁ? これからこの海沿いをさ、ずーっと走って、太平洋が一望できるスタバに寄って食後のコーヒーなんかを飲みながらさ、綺麗なサンセットでも一緒に見てさぁ、でもって、サンペドロにちょっとだけ寄って、クスリを仕入れるって寸法さぁ」
とアキラが運転している新車のカムリは、思わず眼を細めてしまうほどの強い陽光を浴びながら、LAX(ロサンゼルス国際空港)にほど近い、プラヤ・デル・レイのビーチ沿いを軽快に飛ばしていた。
この季節は内陸から吹いてくる生暖かい風の影響からなのか、サンセットが幻覚的なほどに美しく見える。だからアキラくんはわざわざ海が一望できるスタバへボクを連れて行こうとしてくれているのだと、健児はこれからの予定を聞いた途端に、助手席からアキラの横顔を見つめながらにっこりと微笑んでいた。
「それにしても、クスリって?」
「もちろん、MDMAだよぅ。俺たちには必要なアイテムでしょ? アレってさ」
MDMA……。
そっかぁ、ボクら2人のために、アキラくんはわざわざこうしてドライブもかねて海沿いなんかを、遠いサンペドロまで運転してくれてるんだぁ。
「なんだかボク、嬉しいよ! アキラくんっ!」
そう笑顔を絶やさない健児にアキラは何も反応することなく、エアコンを効かせた新車のカムリはKISS・FMの軽快なアメリカンポップスを車内に響かせながら、海沿いのハイウェイをどんどん南下していった。
どうしよう……。
ウチ、どうしよう……。
その頃リカは、ベッドの毛布を抱きながら床の上で震えていた。
流星は血液検査でコカインの吸引による陽性反応が出て連行されてしまったが、体内に残存している期間が2~3時間でしかないLSDを使用しただけだったリカは、結果的に陰性となってひとり残されてしまっていた。
ゴゥが居なくなってしまった自分にはもう、他に誰も頼る人間などいない。もう自分はこれから誰にも依存できない。
地元で高校生だった頃は逆にひとりで何でもできた。ルーズソックスにミニスカートの制服でアダルトショップの前に立って、やってくる中年たちに2枚穿いたパンツの外側をその場で脱いで売っていた。仕舞いにはプレーンヨーグルトをあそこの部分に染み込ませて乾燥させては、染み付きってことで10枚分のお金をもらったことだって何度もあった。そんなことなんか自分的にはぜんぜん平気だった。バカなオヤジが眼の色を変えて払ってくれたそのお金で悠々自適に遊んでいられたから、むしろこっちからオヤジに声をかけたほどだった。
けどこのLAじゃ、自分はひとりで何もできない。
この国に来てからこれまでカレシに頼りっぱなしで生きてきた。
こっちに来てから付き合ったのはゴゥで4人目だったけど、そのゴゥはホスピタルへ引っ張られちゃったから、おそらくその後はケンと同じで、もうそのまま彼のお父さんから即行で帰国させられちゃうんじゃないかと思うと、今後の自分が不安でしょうがない。
どうしよう、このままだったらクルマもないし、学校にも行けない……。
けど、バイトをしているダウンタウンのクラブへは送迎車が来てくれるから、そっちの方はまだ安心だけど。
……って、
「そんなことなんか、もうどうでもいいっ!」
リカは思わず声を上げていた。頭の中が支離滅裂になっていた。
少しリラックスしなくちゃ、もう頭の中が混乱していて、また死にたくなる。
血液検査こそ陰性だったものの、リカはまだLSDによるバッドトリップの状態が残ったままのような気がしてならない。
いやもしかするとこれは、フラッシュバックにあたるのかもしれない……。
かといって、いつまでもここでこうしていたって、ウチの状態は何も解決しないじゃんか!
そうしてリカは咄嗟に立ち上がり、デスクに放られているピンク色をしたシャネルの長財布を手に取ると、普段から部屋着にしている黒のスェットを上下に着たまま一心不乱に階段を駆け下り、ピンクのビーチサンダルへ足を差し入れるのもおぼつかないうちに玄関のドアを思い切り引き開けた。
向かった先は、最寄りの大手ドラッグストアーだった。
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