22

「あれ? どうしたのぉ、イメージ変わったじゃん」

「そ、そうかなぁ……」

 夏のシーズンが終わってから再びさらに夏よりも熱くなるインディアンサマーが今年も訪れている10月の午後4時すぎ。

 この時間になって目を覚ましたのか、すでに傾き出した陽光が差し込んでくる2階の自室からキッチンに降りてきたゴウこと君島きみしま流星るきあが、アイランドでチョコチップブラウニーを頬張りながらミルクを飲んでいたケン二世こと山元やまもと健児けんじの、そのあまりの変貌ぶりに愕然として思わず立ち止まってしまったリビングルームから、口をポカンと開けたままその目を丸くしている。

「一瞬、アキラがいきなり太ったのかと思ったよ」

 なぜなら、それまで真っ黒で艶やかだった健児のおかっぱ頭が、アキラと同じホワイトアッシュに変わっていたのだ。彼が渡米してからおよそ1ヶ月半が経っていた。

「そのアキラくんにやってもらったんです。なんか、カッコよかったから……」

 照れながらそう答えている小太りなケンをよく見てみると、着ているものもそれまでの野暮ったいポロシャツなんかではなく、アキラの定番ともいえる黒いフードパーカーではないか。けれど、スリムなアキラと違ってその体で暑くはないんだろうか。

「へぇー、あのケンがもうこうなっちゃうとはねー。やっぱ人目が気になる日本を離れたっていう解放感からきてんのかねぇー」

 とはやし立ててはみたものの、たとえ見た目は変わっても、こうして背中を丸めながら視線を合わせず、汗で湿った後頭部を意味もなく掻きまわしながらモゴモゴ話すといった陰気な仕草だけは、以前のケンとちっとも変わってはいないなと、流星は露骨に渋面を隠せずにいる。

 けれど久しぶりに会ったゴウの方はかなり痩せたような気が健児にはしてならなかった。

 おそらくゴウさんは、相変わらず違法ドラッグにハマってるんだろうなぁ……。

 健児は残りのブラウニーを口元へと運びながら気づかれぬよう心の中でそう訝しんだが、当の流星はとっくにそれを見抜いていた。

 だがそんなことは気にしていない。なぜならそれは正解なのだから。

 先代のケンは常に体を鍛えていたせいもあるのか、ドラッグの影響から痩せてしまう状態には陥らなかった。が、現在の流星は食事もままならなくなっていた。

「ところでそのアキラは? いま学校?」

「あ、はい。あ、いえ、まぁ、どうでしょう。学校かなぁ……」

「なんだよそれ」

「あ、いえ、アキラくんよりもボクの方が早く帰宅してるって珍しいので……」

「あぁ、じゃぁ仕入れにでも行ってる可能性が高いな」

 仕入れ……?

 それが何を意味しているのかだなんて、いま目の前にやって来た髪を赤く染めているドラッグ中毒の人に訊ねる勇気なんか、温室育ちの健児には持ち合わせていない。

 ひょっとして、クルマの仕入れってことかなぁ……。

 アキラはマリファナこそ健児の前で吸っては見せたが、やっと見つけた『パートナー』から引かれぬようにと、クラックを吸引している事実はひた隠しにしていた。

 かたや新たな人生を歩みだした現在の健児にとって、アメリカに移住したおかげで得た大冒険は、まずひとつが日本で噂のMDMAを服用したこと。

 そしてもうひとつ。

 アキラくんがボクの本質を導き出してくれた……。

 もしも日本で暮らしているままだったら、自分の隠れた性癖に気づいてはいなかった。

 ただ、女性に対してのコンプレックスは大いに抱いていたし、そのことから自分も女性を意図的に避けていただけのように思っていた。

 けれど、それは根本的に間違っていた。

 女性にコンプレックスを抱いてただ避けていたのではなく、単にボクは生まれつき男性が好きだったのだ。それをアキラくんが見抜いてくれていた。そしてアキラくんこそが、このボクを開花させてくれたのだ……。

 健児はアキラをとことん崇拝していた。心底から愛し始めてもいた。もうアキラなしではこれからを生きていける自信もなくなっていた。

 アキラくん……。

 そんなアキラはその頃、いつものエコーパークではなくダウンタウンLAにいた。

 日本人弁護士のオフィスで初回無料というヒアリングをアキラは事前に申し込んでいた。ヒアリングの内容は、自分に突然襲い掛かってきた例の民事訴訟についてだった。

「そのケースでただ単に勝つか負けるかを答えるならば、ほぼ勝ち目はないと言っていいだろうねぇ。けどね、敗訴した場合の慰謝料を含む負担額は、相手の希望よりも抑えることは可能だと思うよ」

「はぁ」

 戦う前から白旗を上げて、たとえ雀の涙ほどにも満たないであろうとも、幾分のお情けをなんとか頂戴する作戦に出るしかないと、目の前でふんぞり返っているこの中年太りは言ってくる。

「まぁ原告側が勝訴したら、それまでの裁判費用もすべてキミ持ちになるからねぇ」

「…………」

 更に追い打ちをかけるかのようなそんな一言を耳にして、アキラは押し黙ってしまった。

 そうなると支払いは予想しているよりもかなりの額に膨れ上がってしまう。

 といってもしも支払えなければ、まず自分の銀行口座はポリスによって差し押さえられ、挙句にコレクションカンパニー(取り立て屋)が喜んで登場してくるのは間違いない。

 そうなれば通っている語学学校にも通知が行ってI-20は失効され、自動的にビザもそこでアウトになってしまう。

 オフィスの天井を見るでもなく暫く見上げてからアキラは言った。

「そうですか。じゃあもうちょっと考えさせてください」

 そして椅子から立ち上がると、「あぁいいよ。けど早めに決めてしまわないと間に合わなくなるからね」との脅しともとれる台詞を背中で聞き流しながら、アキラはオフィスのドアを開けた。


 さて、どーなるどーなるぅ……?

 その一方でウエストLAのタウンハウスでは、LSDによる流星の幸福感をつい何日か前に目の当たりにしていたリカが、これまでケンから止められていたのにもかかわらず異常なほどの興味を抱き、流星が1階へ降りていったのをいいことに、ケンが使っていたように小片をさらに半分にちぎって舌の上に乗せていた。

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