19
これだったのか……。
ついに……ついに体験できた……。
こ、こんなに……。
これって本当だったんだ……。
本当に、こんなことになっちゃうんだぁ!
流星はこの夜、自分に脅威を覚えていた。
それは、ケンが残していったもう僅かなクスリたちがどこかにまだ隠されていないかを、リカが流星の部屋に持ち運んでいたケンの荷物を徹底的にひっくり返していた、9月も半ばを迎えた夜の出来事だった。
1週間で20時間をクリアしなければならないというサンタモニカカレッジの英語集中プログラムに暫く出席してはいなかったが、カレッジから届いていたレターから学生としての資格はなんとか続けていられることがわかった流星は、新たに上質なクスリを入手するためにこの月の1日から復帰したカレッジで情報収集に尽力してはみたものの、本人が思い描いていたような具体的な手応えはこれといって何ら掴めぬままでいた。
ここにきて頻繁に摂取しているコカインのせいか、忍耐力に欠ける流星は自己に対するコントロールがきかずに、リバウンドによる激しいウツの襲来を恐れて吸引する頻度はますます高くなっていった。が、それに反比例するかのように当然コカインの残量はどんどん減っていく。その現状にただただ焦り、そして気を揉むだけ揉み始めた流星は、ケンが置いて行った荷物の隅から隅までとことん調べ始めるのだった。
憑りつかれたようなその様子に、まるで気でも違っているかのようだと、リカは興ざめしながら呆然と見つめるだけだったが、本当はもうすでに、流星は気が違っているのかも知れなかった。
そんな一方で、新参者の健児はこのタウンハウス内で完全に孤立していた。
だがそれは彼の望むところだった。もうあの3人とは普段の生活を共にするつもりなど、心底からなかった。自分は自分のままマイペースに毎日を過ごしてさえいれば、やがては目標としているUCLAへの編入だって可能になるかもしれない。
そうなりさえすれば、憧れの寮生活だって夢ではないだろう。
それまでのわずかな時間を我慢していればいいだけなのだ。実家のパパもママも、そうなった頃のこの自分をきっと喜んでくれることだろう。
僕はこの国で生まれ変わるんだ。もうあの頃のような虐めや色メガネで見られていたことなんか、ここではいっさい誰も知らない。ましてや以前の会社で起こしたあの一件だって……。
ここではいっさい、誰にも知られていないのだから……。
アキラはアキラで相変わらず、日中はサンタモニカの語学学校へと顔を出し、帰国予定の学生がそれまで乗っていた車を捨て値で売りに出していないか掲示板を物色したあと、帰りがけに必ず寄っているトレーダージョーズの安いワインとレンジでチンした冷凍ピザとを飲んだり摘まんだりしながら、リビングルームのソファに埋もれてファミコンゲームに嵩じるか、もしくはたまにエコーパークへひとり出かけては、安価なクラックを仕入れている。
だが、アキラが送っていたそんなお気楽な毎日は、ある一件から急展開を迎える。
それは、流星が自分に脅威を覚えていたその日の夜から1週間ほど前のことだった。
ん……?
アキラが語学学校から帰宅した夕方、3日おきに開けてみる玄関先のメールボックスに、自分あての分厚い封筒が入っていた。
なんだろう……。
と横向きにした封筒の左上に記されている差出元に目をやってみると、その途端にアキラの体は固まった。心臓からの鼓動がドクドクと高まりだしている。
う、うっそだろぉ……?
愕然と眼を見開いたまま慌てて部屋へと小走りで向かい、焦った手つきで差出元が印刷された封筒を開けて中身を抜き出すと、その何枚も重ねられている書類にじっくり目を通す。
そこには、『Plaintiff』に見知らぬ名前、そしてその横に並ぶ『Defendant』に、自分の名前がタイプライターで打ち込まれていた。
それはすなわち『原告』と『被告』という意味であることを理解できたアキラは、ここで自分が何者かに訴えられていることを知ったのだった。
なんでこの俺が……。
そこでアキラは、日本から持参していた英語学習用の電子辞書を慌てて開くと、その内容の一行一行を打ち込んでは青ざめていった。
読み進めていくと、どうやら以前に自分の売った車両が交差点内で車同士の事故を起こし、その事故を引き起こした運転者は停車せずにそのまま逃げたが、相手が携帯電話でナンバープレートを撮影していたことで、通報したポリスがその車両を調べあげたところ、その車両のオーナーが名義変更を怠っていたらしく、前の持ち主あてに出頭命令が通知されてしまったとのことで、しかもよりによってアキラが売却した相手というのは、メキシコ人で運転免許を持っていなかった。
アキラもアキラで、本来ならばピンクスリップ(譲渡証明書)に付いている売り主側がDMV(自動車管理局)へ提出する明細書を切り離すことを怠り、売った相手にそのまま全て渡してしまっていた。
結果的に、そのピンクスリップには前オーナーの名義が記載されているままとなり、そうなると、そのメキシコ人に売った証拠はどこにも残っていないとなる。
だが、アキラに売ったその元学生は、アキラに売った証拠を持っていた。売った時点で交わした、アキラのレシートを保管していたのだ。
アキラは車両の売買を始めた頃こそ、書類の管理や処理は怠らなかった。だが、そのうち慣れてくると面倒になって「べつに何も起きやしないだろう」と高をくくり始め、実際にこれまでは何も起きずにこれまでは来れてきた。
だがそのツケがここでついに回ってきたのだ。
封筒の左上に記されていた差出元は、『Los Angeles Superior Court(ロサンゼルス上級裁判所)』となっている。
それは、就職と同時に他州へ渡った車の前オーナーが、アキラに対して公に訴訟を起こしたという、絶望的な通知に他ならない。
ここでアキラは窮地に立たされた。学生ビザでの稼業は違法な上に、へたをすれば原告に対する詐欺にもあたる。
そうなると、自動的に学生ビザは失効されてしまい、強制送還だってかなりの確率で有り得る……。
手が震えた。
咄嗟にキッチンへと向かい、震えの止まらないその手でワインボトルの栓を抜くと、ワインを一気に喉へ流し込んだ。口を拭ってボトルを置くと、中身はもうすでに半分も残っていなかった。
どうしよう……。
ここに指定されている当日に法廷に立たなければ、その時点で自動的に敗訴してしまう。
「どうしよう!」
思わず声を上げながら部屋へ戻ると、アキラはデスクに放りっぱなしになっていたクラックをガラスパイプに放り込み、火をつけたライターで下から炙り始めるのだった。
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