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「え? ケンが? ……ウッソでしょ? ねぇ、冗談ですよね?」

 それは、クリスマスはいつもどこのケーキ屋を予約するの? と何の気なしに訊ねてみた流星が、「アメリカじゃあクリスマスにケーキなんか食わないよ」とアキラから笑われた、12月も中盤に入って雨の日が続く夕方のことだった。

 一昨日の明け方、ケンがウエストハリウッドのサンセットブルーバード沿いにあるクラブからの帰りに、交差点のコーナーを曲がり切れずにガソリンスタンドのポンプへとノーブレーキで突っ込み、危うく大火災となりかけたところで、他の火災現場から戻る途中だった消防隊によって奇跡的に食い止められたらしいことを、流星はこの時になってようやく知った。

 つい3日前に1回分のマリファナを頼み込んでケンから分けてもらったばかりだったというのに。と、自分にとっては非現実的なニュースを耳にしたからなのかポカンとしている流星に、ケンが日頃から乗り回していた新車の黒いシボレーインパラSSはもちろん大破し、本人も救急車で運ばれたとのことだったが、エアーバックのおかげで大事には至らなかったらしいとアキラは言う。

「けどまた、どうしてそうなっちゃったんだろぅ」

 まだ夕食の時間にも早いというのにあっという間に陽が落ちて、辺りが街灯のオレンジ色に包まれている、そのタウンハウスのリビングルームから奥へと続くキッチンで、冷蔵庫から抜き出したリプトンレモンティーのペットボトルをグラスにトプトプと注いでいたその手を止めて、頭上から注いでくるダウンライトの光に『天使の輪』を浮かばせながら、流星はグラスに目をやったまま小首を傾げる。

「それがさぁ、その時にケンと一緒にクラブで遊んでた情報元のユージによるとさぁ、まぁ当然のことだけど、DUIだったんだそうなんだよね」

 かたやホワイトアッシュに染められているせいか流星ほどの光の輪は見られないアキラも、一緒に流星のグラスを見つめながらそう呟いた。アキラの言う情報元のユージとは以前に流星もこの家でケンから紹介されたことがあるが、いったいどこでどうやって知り合ったのかまでは聞いていない。

「DUIィ?」

「うん、DUIってさ、ドライビング・アンダー・ザ・ナントカっていってさ、いわゆるさぁ、飲酒とかドラッグなんかをキメてクルマを運転していたっていう、一種の犯罪のことなわけよ」

 ここでアキラがいつものワインを1本空にした。この時間でペースが早い。ここのところ最低2本は空けている。

 飲酒運転が、犯罪……?

「アメリカじゃウルサイからねー。だってほら、日本と違ってコッチはバッカみたいにブッ飛んじゃってるヤツってアチコチで見かけるじゃん? あんなのがクルマなんかを運転しちゃったら、そりゃあもう、立派な殺人行為でしょうー」

「あ、なるほどぉ……」

 そっか、人を轢いちゃう可能性があるのに、それでもクルマを運転してるってこと自体が、アメリカでは犯罪にあたるんだ……。

 とここで納得している場合ではない。とにかくケンは大丈夫なんだろうかと流星は眉を寄せる。

「けどね、アイツ実は前にも捕まったことがあってさ、そのときはチェックポイント飲酒検問でそのまま捕まったから事故じゃなかったんだけど、ジェール留置所にそのまま一泊してさ、日本のオヤジが探して雇った弁護士にベイル保釈金を払ってもらって、民事裁判もその弁護士のチカラでそのときはなんとか無罪放免になったんだよね。だからきっと懲りてないんでしょ、彼は」

 そして「かぁーなりの大金が動いたみたいだけどさ」と、まるで外国映画のシーンで観るような両手を天に向けて肩をすぼめるポーズをしながら、アキラは呆れた顔で黒目だけを左右に振っている。

「じゃあ今回も?」

「まぁね、きっとそうなるんじゃない? けど、プロベーションも終わってないうちからもう2回目だし、おそらくクルマん中にクサくらいは入れていただろうし、前回のようにいくのかは、わかんないだろうねぇ」

 と言ってくるアキラの話がもし本当であれば、いわゆる日本でいうところの執行猶予期間中に、もうケンは再びDUIで大事故を起こしたことになる。何となくそれを理解した流星は、人並みではないケンの人間性に呆れるのを通り越して、むしろ驚愕していた。

「とにかく今日か明日には退院してくるだろうからさ、そのあとがどうなるのか、こうご期待ってとこだね」

 そう言いながら嫌味を込めた薄い笑いを浮かべて新しいワインボトルのコルク栓を抜いているアキラには気にも留めずに、もはや流星は別のことを考えていた。

「ねぇ、それはそうと、あの子はどうなったの?」

 アキラの皮肉めいた台詞と冷笑をよそに、はたしてケンのガールフレンドがその車に同乗していたのか否かの方が流星には気になりだしていたのだ。

「あぁ、リカのことぉ?」

 それまでは『アムロちゃん』と流星が勝手に心の中で呼んでいた彼女の名前を以前に訊いたとき、アキラは「学校も行かないでさぁ、ダウンタウンのおねえちゃんクラブでバイトしてんだよ」と付け加えてくる寸前に、

「本当はミカっていうらしいんだけどね。けどほら、スペルにしたらMikaで、コッチの人間からしてみたらマイカって読めちゃうじゃん? だからそれを本人が嫌がってさ、イッコだけスペルを変えて、Rikaって呼ばせるようにしたって聞いたなぁ」

 とは言っていた。

「ウンそう。彼女どうしているの? いま」

 とそこで、

「リカはここにいるよん」

 噂の彼女が音もなくすでに階段から降りてきていた。どうやら降りてくる途中でふたりの会話を立ち聞きしていたらしい。その一言を耳にした途端に、アキラの表情が一変した。露骨に青ざめているのは、突然発せられたリカのその声でただビックリしただけではないように思えるのは、それはどうやら彼女とは違う別の女性をケンが助手席に乗せていたという、悲痛な事実を物語っているからなのであろうと、流星はその瞬間にそう読み取って小さく肩眉を上げた。

「い、いずれにせよさぁ、多分ケンはあの敏腕弁護士をもってしても、今回はフェロニー重罪になっちゃうんじゃないのかなぁ」

「フェロニー……?」

 ふたりがそんな立ち話をしているキッチンに向かって小さいながらもズンズンと威圧的に近づいてくる不機嫌そうなリカに向かって、まるで彼女を擁護ようごまたは彼女に弁解でもしているかのような口調でアキラはそう声をあげているが、それがどうしても咄嗟の誤魔化しにしか流星には捉えられなかった。

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