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 君島きみじま流星るきあがアメリカ国籍のトモと知り合ったのは、オレンジカウンティーに位置するミッションビエホの人口湖畔で開催された、根負けしたアキラが渋々といった感じで連れて行ってくれた野外レイブでのことだった。

 ケンの話などすっかり忘れていたサンクスギビングの短期休暇明けに、自分の手元へ回ってくるというフライヤーをアキラから見せてもらった流星が、面倒くさいからと眉間にしわを寄せているアキラを拝み倒して連れていってもらった深夜のレイブパーティーで、そのアキラがすでに知った顔の日本人学生グループと合流した折に、呆気にとられてただ茫然と眺めているだけの流星に向かって、自ら右手を差し出してきたその相手が、トモなのだった。 

「へぇ~、LAにまだ来たばかりなんだぁ。よろしくね、カエデくん」

 その日本語こそいかにもアメリカ生まれのアメリカ育ちらしい独特なアクセントなものの、アナハイムでモーテルを経営する台湾人の父親と日本人の母親との間に生まれたので「誰からもハーフのアメリカンだなんて見られていないんだよね」とはにかんで笑う、髪の色が『プリン』になった色白で線の細いトモの本名まで流星は知らない。

 おそらく年齢はアキラとさほど変わらないだろう。そういえば、当のアキラの本名も年齢も、ボクはまだ知らないままだったっけ。

 そのアキラがどうやってトモと知り合ったのかもボクは知らない。

 トモがいったい何をしているのか、学生なのかももちろん知らない。

 けれどトモは、ありとあらゆる違法ドラッグを知っていた。

『エクスタシー』ことMDMAを流星がはじめて知り、そして体験したのも、そこでトモから「はい、ア~ン」と託されていぶかに開けてみた口元に、ピンク色をした丸い一粒を放り込んでもらったからだった。

「パーティードラッグともいうからね、レイブやクラブに行くときはこれがいいよ」

 そんなことを教わりながらピンクの錠剤を飲み込んで、日本にいた頃はまったく縁のなかったハウスミュージックとやらが会場中に途切れなく流れているなかを、マリファナの匂いが漂う人混みの合間を縫いながらひとりフラフラと歩きまわっているうち、次第に悪寒が走るかのような怖くなるほどの幸福感に包まれはじめた流星は、アキラとトモが躍っているはずの場所へと戻りぎわ、照明の届かない暗い中を人ごみの中から垣間見えてきたその光景に、我が目を疑ってその場で固まってしまった。

 なぜならそこには、荒れた芝生に膝をついて激しく舌を絡めて抱き合いながら、互いのジーンズを膝まで下して股間をまさぐり合っている、アキラとトモの姿があったのだ。

 えっ!?

 それを目にした途端に流星は一瞬こそ驚いたが、辺りを見回すと周りの連中は全く気にしていない。そこで次第に、なぜだろう、自分もふたりと絡み合いたくなってきた。

 このボクも彼らと一緒に抱き合い、そしてふたりのようにキスしてみたい。

 だが、トモは男なのだ。

 男が3人で抱き合うだなんて……。

 でも……。

 なぜだろう。なぜこの自分が、同姓に対して性的興奮を覚えているのかが、自分でもよく分からなかった。たしかにトモが色白で女性的なこともあるのかもしれないが、おそらくこのドラッグがそうした反応を起こしているのだろうと、流星は冷静に分析してはみるものの、とにかく体に歯止めが利かない。気が付くとジーンズのベルトを緩めてボタンフライをブリブリとすべて引き外し、下半身がビキニパンツだけとなったふたりの尻の割れ目に両手を回して自分の中指を押し込もうとしていた。

 しかしふたりは互いに夢中なのか、何も反応しないままでいる。

 あぁ……。

 何なんだろう、この感覚は、この感情は、この感性は……。

 確実にボクの脳がおかしくなっている。

 クスリのせいか、とにかく他人ひとが恋しくてたまらない。

 このふたりに、ボクもキスをしてみたい……。

 そうして流星はふたりに顔を近づけていく。

 だがその流星を突然アキラが跳ねのけた。我々の邪魔をするなという目つきをしていた。

 え……。

 ボクのしつこい誘いに負けて渋々ここへ来たくせに、なんだよ結局は自分だけ……。

 と一瞬こそ流星は怪訝な表情を浮かべてアキラを見返したが、

 あ、そうかぁ……。

 クスリの効果で興奮してはいながらも、彼のその目が訴えてくる心の内を冷静に読み取ってみると、それまで強張っていた自分の表情が知らず知らずに緩みはじめていく。

 もしかして、アキラって……。

 クスリのせいなんかじゃなくて、アキラは本当にトモのことが好きなんだぁ……。

 頭の中がざわつくなかで、何となくそんな印象を抱いてしまった流星は、身を引くようにその場からふらりと背を向けると、若干の歯がゆさに耐えながらも、とにかくまた辺りを歩き回って時間を潰すしか無難な方法が何ひとつ浮かばなかった。やたらに胸の鼓動が高鳴ってばかりいて、ひとつの場所に落ち着いてなんかいられない。

 思わず下ろしてしまったダボダボなオーバーサイズのジーンズをまた腰まで上げて、おぼつかない両手の指でベルトを締めなおす。

 あぁ~もぉ~……。

 手元に落とした視点が合わない。

 MDMAがもたらす独特な多幸感は持続的で、流星に目に映る何もかもがキラキラと光り輝き、自身も宙に浮いている感覚が絶えずにいた。

 数人が輪になってグルーヴしているその真ん中を何も考えずにボーっと通り過ぎていく流星は、背の高いアジアンと肉付きのいい黒人の女の子たちから呆れたと言わんばかりに大きな失笑を浴びていたが、とにかくそれをも幸福に感じて、振り返った流星はよだれを垂らしていた。

 その姿に眉をひそめた女の子たちから指をさされ、「イ~ル!」と大声で罵声を浴びても気にはならない。

 それどころか、

 あぁもぉ……。

 人が恋しくてたまらない。

 誰でもいいからハグしたい……。

 誰でもいいからキスしたい……。

 誰でもいいからボクもセックスしてみたい……。

 まだ経験のない19歳の流星にとってそれは未知であり、また魅惑の世界の何物でもなかった。

 このたちはどんなクスリをキメてるんだろう……。

 だが、今ここでMDMAに頼ってすらいても、目の前にいる女の子たちに声のひとつもかけられない。

 今頃あのふたりはどうしているんだろう。

 あの場にボクも居たいんだけど……けどいまこのタイミングであそこへ戻って、もしも彼らからヒンシュクを買ってしまうってことになるのは、今後のボクにとって良いことではない。

 だって、アキラもトモも、まだまだボクの知らない素敵なクスリたちを絶対に知ってるはずだもん。

 DJが変わったのか単調なリズムが繰り返されるアシッドハウスが大音量で流れ続けているなかを、焦点の合わない視線を宙に泳がせながら両手を垂らし、大勢の男女が身を揺らしているその合間を縫って、まるで夢遊病者かのように流星はひとり当てもなくユラユラと浮遊していった。

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