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……ン、ブフォッ! ブフォ! ブフォ! ブフォ! ブフォッ!
最初こそ涙が頬を伝うほどにむせ返り、タバコが苦手な流星はこんな煙をそのまま深く2度吸い込むだなんて自分には絶対に不可能だと半ば諦めかけていたが、なぜだか3口目にはそれもピタリと収まった。
「まぁこれでも飲んでなよ。そのうちだんだんクッから」
2人で3口ずつ吸ったら1本が簡単に尽きてしまったので、アキラが冷蔵庫から3リッターもあるペットボトルのコーラを抜き出して、昨日からそのまま置きっ放しとなっていたトールグラスにトクトクと注ぎはじめている。
洗われていないグラスの中でシュゴシュゴと泡を立ながらグラスに落ちていく黒い液体の滝を流星が無言で見詰めているうち、次第になんだか脳みそがこそばゆくなってきた。
あぁ、こういうことなのかぁ……。
このあいだケンとアキラの笑いが止まらなかったその理由が、いまの流星にはわかったような気がしてくる。
グラスの半分まで埋まった黒い液体をアキラから手渡されてゴクリと一口飲んだその音が、頭の中で大きく響く。それだけでも脳みそが、どうにもくすぐったくてたまらない。
そんなタイミングで「どう?キイてきた?」と言ってくるアキラの姿もなぜだか無性に可笑しくて、流星は思わず口の中にまだ残っていたコーラをブッと拭き出してしまった。
慌てて口に手をやったがまたそれが可笑しくて可笑しくて、立っていられず床に転げながら尚も声を出して流星は笑った。
「あ、もうブッ飛んでるわ」との言葉を残してアキラは自分の部屋へと背を向けたが、その姿を見上げながら「なんだよ薄情者!」と手を伸ばす自分に流星はまた笑った。
リビングにひとり残った流星は、体中がパンパンに張り詰めたゴム風船のように敏感になっている。
この瞬間まで薬物どころか酒もタバコも縁のなかったけがれを知らない流星の脳みそが反応を示すのは簡単だった。指先で軽く触れられただけでもビクリとして咄嗟に飛び上がってしまいそうだ。
気分が、すごくいい。
鼻から吸った酸素がそのまま脳みそに浸透していくのがわかるくらいに覚醒している。
マリファナってこんなに……。
こんなにいいモノだったんだ。
こんなに簡単なことだったんだ。
こんなボクでも気楽に吸えちゃうんだ。
なのに、こんなに素敵な感覚を一瞬にして味わえるんだ。
流星はこのロサンゼルスで本当に生まれ変われる気がしていた。
いとも簡単に、ボクは第一線を越えられた。
さすがの兄貴だってビビって手が出せないだろう犯罪を、ボクはいとも簡単に……。
まだ心臓の鼓動が脳みそを振動させているような感覚に陥ったまま、コーラがまだ残っているグラスを手にゆっくりと階段を上がっていく流星にとってまさに今、これまでの自分から生まれ変わる魔法の扉が心地よい音を立てて大きく開かれたのような、それとも海外留学生が陥っていく魔界への入り口にこの自分も一歩踏み込んでしまったような、しかし覚醒とも歓喜とも不安とも恐怖ともどこか違った、例えようのない、今まで味わったこともない不思議な感性が、すべてに至る細胞の隅々までに広がっていくのを感じていた。
果たしてあのビートルズも、この体験によって奥深いあの独特で感性豊かな録音編集やメロディーを作り上げられるようになったのだろうか。
ポールが幻覚の中で作りだしたといわれる『マジカル・ミステリー・ツアー』が咄嗟に頭の中にまわり始めた。
曲はもう止まらない。エコーが利いたトランペットの高音やらベースの重厚な響きやら強弱をつけたドラムの音やら彼らのハーモニーやらが、ひとつひとつのくっきりとした輪郭をもって頭の中をキラキラと駆け巡っている。
あぁ……。
もっと体験したい。
その瞬間その瞬間だけでもいい、ビートルズのように突き抜けた感性を自分も抱いてみたい。
ハァ……。
焦点の合わない視線を宙に向けながら、夕食もとらずにデスクに頬杖をついて半開きになったままな流星の口元から、透明に光る一本の糸が垂れ落ちたのは、その時だった。
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