第6話

 瑠奈の家から逃げ帰ってきた頃には日は沈んでいて、急ぎその足でにゃんこ学園に向かった。とにかく今は一人でいたくなかったのだ。一人でいると、自分のやったことを真正面から受け止めなければならない気がした。

「失礼します! ……あれ。服、脱がないんですか?」

 いつものようにゆかりさんが入ってくる。僕はシャワーも浴びていなければ、服も脱いていなかった。いつも尻に吸い付くソファも今日はさらさらに感じる。自分を誤魔化すように右手首を握っているけど、二本に増えた左のヘアゴムが重たくて辛い。

「……今日は話したくて来たんです。昨日、セックスしたばっかりですし」

「お、セックス出来たんですか! あーほんとだ、ヘアゴム増えてる。幼馴染ちゃんセンス抜群ですねー」

 ゆかりさんもソファに腰を下ろす。着衣した状態で彼女と並ぶのは変な感じだ。細い右手首には、珍しく薄紫のヘアゴムが付いていた。

「ヘアゴム、珍しいですね」

「気が付きました? ヘアゴムさんのセックス成功祈願に付けてたんですよ。そのパール? みたいなのが付いてるヤツも可愛いですけど、こういうシンプル可愛いのもいいでしょ」

 自慢気にグーを掲げるゆかりさんは幼く見える。その姿を見て、僕が畜生みたいなことをしても彼女だけは僕を受け入れてくれるのではないかと思った。

「まあヌキなしならそれはそれでいいんですよ、ゆかりとしては楽ですし。ただ心境が大丈夫なのかだけ心配です。無事和姦できたんですか?」

「色々、噛み合わなくて。レイプみたいな感じになりました。……最低ですよね」

「大胆。男らしくていいじゃないですか。レイプだってセックスですよ」

 言葉を紡ぐ度に自分のしたことが鮮明になっていく気がして、心臓が苦しくなっていく。ゆかりさんが「最低ですね」と言わないことなんか分かっていた。

「本当にヌかなくていいんです? ちょっと顔色悪いですよ」

「よく考えたら、ヌかないと悪い感情がそのまま溜まるとか意味分かんないですよね」

「ヨリ戻すためにたくさんセックスする方が意味分かんないですよ。……ヘアゴムさん、やっぱりヌきましょ?」

 ゆかりさんの手がチンコに触れる。もうバキバキに勃起していたけど、それでも彼女の手を退けた。

「……今抱えてる悪い感情は、自分で償って解消しないといけないと思うんです。そうしないと一生消えない気がして。そんなの、苦しいじゃないですか。償い方なんて全然分からないですけど、こんな風にずっと苦しいのは嫌なんです」

 自分が最低という自覚があった。僕は自分が苦しいのが嫌なだけだ。瑠奈や愛さんへの申し訳なさは消えていないが、それよりも自分のちっぽけな辛さの方が大切で嫌になる。

「何を言ってるんですか」

 ゆかりさんが僕の上に座る。僕の身体を背もたれのようにして、彼女は僕の左手を握った。

「とりあえず告ったらいいんですよ。また付き合えたら、幸せでそんなこと平気になりますから。それに元カノにいいセックスすることが一番の償いじゃないですか? 元カノとのセックスのために抱かれた女からすれば、目的が果たせない方が不誠実に見えると思いますよ」

「それは、そうなんですけど。もし万が一フラれたら全部終わっちゃうじゃないですか。そ

れだったら僕は一生苦しいままで」

「フラれたらそれが一番の罰ですよ。メンヘラとヤリモクして、幼馴染レイプして、ヘアゴムと女性経験以外を失い続けた結果がそれなんですから」

 もし眞由華先輩に受け入れられなかったら、僕は絶対に壊れてしまう。それで今の感情が償えても、多くを失った上に眞由華先輩すらいない状況なんて耐えられないだろう。

「……フラれたら、それはそれで辛いですか? ヘアゴムさんは我儘ですね。んー、じゃあもしフラれたらゆかりさんが慰めてあげます。勿論無料オプションで」

 顎に手を当て、ゆかりさんはそう言う。どうして僕の思っていることが分かったのかは知らないが、とにかくエロい仕草だった。

「……お店には来ないといけないんですか」

「ゆかり、枕とかアフターとかしない主義なので。でもお店来てくれたら無料でおっぱいとか触らせてあげますよ? フェラもしてあげます。自慢ですけど、ゆかり超フェラ上手いんですよ。ゴムの味が好きじゃないからオプションNGにしてるだけです。普通に一分経たずにイかせてあげますよ。当然、生フェラで」

 チンコがぴくりと動く。ほんの少し、未来への不安が緩和されたようだった。

「魅力的、ですね」

「でしょ。ガチ恋はおすすめしませんけど」

 ゆかりさんは右手首から薄紫のヘアゴムを外して、僕の左手首に付けてくれた。ゆかりさん自身もヘアゴムも、いつの間にか熱を帯びて子供みたいだ。

「実質ゆかりとヘアゴムさんはセックスしたみたいなもんなので。これあげます。少しは勇気出るでしょ」

 ゆかりさんが膝から降りる。太ももはほんのり温かくなっていた。彼女のヘアゴムは何の後ろめたさも孕んでいなくて、渦巻く辛さが緩和されていく。

「なんか、ヘアゴムってエロいですよね」

「はい?」

 ゆかりさんが不思議そうな声を出す。両腕に付いたヘアゴムを撫でながら、「だって」と言葉を繋げる。

「ずっと思ってたんですよ。こんなのほとんど下着じゃんって。ずっと肌に触れてて、色もたくさんあって、デザインも様々で。ブラとかパンツと何にも変わらないですよ、これ。よく考えたら変態ですね、ヘアゴムを手首につけるなんて」

「……ふふ。確かに。皆、頭おかしいですね。恥じらいも何もあったもんじゃないです」

 しばらく二人でけらけらと笑う。その時間だけは何もかも忘れて心から笑えた。幸せだった。頬の筋肉が痛くなるほどだった。

 ぴぴぴぴ、とアラームが鳴る。ゆかりさんが立ち上がったのを見て、もうそんな時間なのかと他人事のように思った。

「お時間ですね。元カノのトコ、いつ行くんですか?」

「この後、すぐ行くつもりです。まだ感情は整理しきれてないですけど、行かない方が愛さんと瑠奈に不誠実ですもんね」

「ゆかりにも、でしょ。……好きですか? 元カノのこと」

「はい。大好きです。またセックスしたいです」

「よろしい。精一杯アピールしてくるんですよ」

「はい。絶対、いい報告しに来ます」

「風俗に入るトコ見られてまたフラれて、なんていうのはゆかりに責任取れませんけどね」

 二人、顔を見合わせてまた笑った。両腕にヘアゴムが擦れる。

「きっと、ヘアゴムさんのセックスで元カノをイかせられますよ」

「本当に思ってくれてますか?」

「勿論。ゆかり、風俗嬢なので」

 開けて貰った扉から出て、いつものように振り向かず出口に歩く。次に来る日に幸せだといいな、と思った。

「お客さん!」

 背中からゆかりさんの声がした。振り向くと、ゆかりさんが小さく手を振っている。

「応援してます! ヘアゴム、見せびらかしちゃって下さい!」

 僕も小さく左手を振った。次来る日は、菓子折りでも買ってこようと思う。

「はい! 頑張ります!」

 やってきたことの酷さからは考えられないくらい爽やかなワンシーンだった。外はもうすっかり暗くて、いいセックス日和だと思う。

 右手首を握る手には三本のへアゴムが付いている。眞由華先輩とヨリを戻せれば、僕は全部が解決するはずなのだ。

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