第2話 おととしの雨粒達Ⅰ-1 桐生颯斗
「西尾! comfortに今日来る?来いよ!」
comfortといダイニングBARのドアの前で、桐生は西尾の返答を待っている。
今日は休講になったから、やることがない。
大学も家から通っているし、割と裕福の家の息子だからバイトをする気もない。
大学を卒業したら、父親の会社で数年下積みして、頃合いを見て、課長、部長、いずれは役員として兄を支える。
弾けず、適当に周囲に愛想を振りまいておけば、人生は約束されていると思っている。
父親には「出来が悪ければ会社に入れないからな。」と念を押されているが、
「俺は優秀だから大丈夫。」と自負している。
卒業したら入ってやるぐらいにしか思っていなかった。
ケータイは繋がっているものの、西尾からの返事がない。
しばらくして「・・・・。」何か小声でしゃべっている。
桐生には聞き取る事ができなかったが、
「なんでこんな時間に眠ってたんだよ?じゃあ、あとでな。」電話を切りながら、ドアを開ける。
「いらっしゃい。」
時刻は午後5時過ぎた所。18:30のOPENにはまだ時間がある。
「少し早いけど来ちゃいました。邪魔にならないようにするからいい?」
「いいよ。ビールかな?」
マスターの辺見さんが、開店準備の手をとめてくれた。
店の奥の席には中学生の女の子が二人、黙々と勉強している。
一人は
別れた妻は、
文枝は近くの病院で看護師をしており、彼女の夜勤の時はマスターの所で、早めの夕食をとらせているらしい。
今日は友人と試験勉強らしい。
営業中も、お客が多くなければ店の奥で勉強は続く。
桐生は、彩音に軽く片手を挙げると、彩音が黙って頷く。
カウンターに、桐生が腰をかける。
(
黙々とスマホを打ち続ける。
そんな桐生を奥の席でチラチラと見ている彩音の友人。彼女は勉強に気が入らない様子。そんな視線に彩音が気づき、横から突き変顔をしてみせニヤリとする。
やめてよ、と友人が頬を赤めて振り払うフリをする。
桐生の斜め背後でコソコソやりとりしている様は感じとれていたが、気にもとめない。何を話しているのかは検討がつく。
電車の中で、大学の構内で、足をとめれば、高身長と細身のスラっとした体形は人の目を引いてしまう。顔も整っている。
桐生本人も自惚れと取れるほど、それを自覚していて「モテるでしょ。」のひやかしにも、「モテるよ。」とさらりと答える。
(だって俺は何をやらせても完璧だから。)
(西尾は暗くて陰鬱だ。)
いつも部屋でゲームしたり、マニアックな専門学校の課題とやらで、放っておくと、家から出てこない。昔からそうだ。
西尾はおかしな男で、学校の成績もそこそこだったし、利口でもあるが、それを隠している節があった。小学校の時の短距離も、中学校の時のマラソン大会も自分が上位に入っていれば、足を緩めてしまう。球技に関してはやる気を出さない。
人の様子を後ろから静観しているようで、嫌う人間もいた。
そんな西尾がいつだったか、テストで上位に入ってきたから、「勉強したのか?」と聞くと、ゲーム機を買ってもらうんだと、めずらしく満面の笑みを浮かべていた。
”やればできる子”を体現しているようで、憎たらしくも思っている。
ただ、子供の時から、家がわりと近かったから、良く遊んでいた。
中学にあがって、それぞれの部活に入って疎遠になってしまったが、大学に入って西尾が、comfortでバイトしているのがきっかけで、たまに酒を飲むようになった。
ノリが悪いが、落ち着いて共有の昔話ができるし、お互い酒が強い事を知ってからは酒のことで何時間も議論する。
1杯目のビールが出てきた。
(友達も少ない奴だからこうして誘ってやらないとな。)
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